地獄篇

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 それもそのはず。緑は妻ある男を誑かしたあげく、あろうことか男に体を許し、姦通をする仲だったのだ。  それも男は高名な寺の住職の息子であり、妻がいるにも関わらず、緑と極めて破廉恥極まりない蜜月の関係を続けてきたという話であった。  このような道理から離れた行いを六文太は許してはおけなかった。その住職の息子も然ることながら、御仏に遣えるひとりの清廉な僧侶を誑かして、畜生道へと誘った悪鬼千万なその諸行には相応しい天罰がくだるべきであろう、というのが六文太の腹の内であった。 「お前の手元に、お釈迦様が六文を与えられたのは、手違いだ。さぁ、とっとと隠し持ってる六文を返しな」  極楽浄土に行くことが許された死人には、高瀬船で三途の川を渡る為の通行手形として、六文の銭が予め渡される事があの世の道理であった。お釈迦様が緑を極楽浄土に連れてくるよう命じたということは、彼女に六文の銭が施されているのは疑いようがなかったのだ。
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