地獄篇

7/19
前へ
/19ページ
次へ
 緑は、毘沙門天の如く怒り狂い、何度も石を拾っては六文太めがけて投げつけてきた。その様を見た六文太は、呆気にとられてしまった。怒っているように見えていた緑の相貌には、怒りよりも哀しみの色が濃かった為である。  目の前の女子の姿に毒気を抜かれてしまった六文太は、石を躱しながらも、高瀬舟から降りて、こう言った。 「待て、待て。落ち着け。あんたはわかってない。六文をその子どもに分け与えたら、あんたは地獄行きだ。極楽浄土へは渡れんのだ」  六文太の話は真実であった。六文の銭を、極楽浄土行きの船頭を生業とする者に渡さない限りは、たとえお釈迦様の慈悲で六文を施された者でも、極楽浄土へ渡ることは叶わないのだ。六文が無い者は、地獄行きの高瀬舟を操る船頭によって地獄に連れて行かれる以外に道は残されていなかった。 「わかっています。私はそれで構いません」 「なぜその子どもにそこまでいれこむのだ。あんたが犠牲になる必要なぞ……」  六文太は、緑からその子どもの話を聞かされる事になった。  どうやら、緑は死人になってから、気がついた時には霧の濃い道に佇んでいたそうだ。そして、自らが黄泉の国に足を踏み入れた事でさえ、直ぐに悟ったそうな。  緑は魂に導かれるがままに霧の中を進んで、三途の川を目指し始めた。  その掌の中には、お釈迦様から施された六文が握られていた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加