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「おいらぁ、地獄に行きたくねぇよぉ……怖いよぉ…おっかぁ……おっとぉ……」
自らの行いを懺悔し終えた珠子は震えながら自らの行く末を悟り、泣き続けていた。
「そんなことありませんよ。貴女はこれから安らかな極楽浄土で、お父様とお母様に囲まれて、幸せに暮らしていけるんですよ」
緑は踞って泣きじゃくり続ける、珠子の背中を優しく撫でながら、諭し続けた。
「お釈迦様は、貴女のことを見放したりなんかしていないんです。だって、貴女は弟を助ける為に、自分を犠牲に出来る心根の優しい子なんですもの」
「嘘だぁ! おいらぁ、知ってるんだぁ! 六文が与えられなかった奴はぁ、地獄行きになるんだぁ……。おっとぉが、言ってたぁ……おいらぁ、お釈迦様から見放されたんだぁ……。人殺しに、そんな資格はねぇんだぁ……」
縫い目だらけの着物の袖で目元の涙を拭い続けていた珠子を、緑は優しく抱き締めてから、今度は自らの着物の袖で彼女の涙を拭った。そして、緑は珠子に向かってこう言った。
「いいえ。お釈迦様は貴女を誰よりも気にかけてらっしゃるのよ。だってほら。私を遣いに寄越して、貴女に六文を施してくださったのだから──」
緑は着物の袖に仕舞っていた六文の銭を取り出すと、珠子の手を取って、その掌にのせようとした。
「さぁ、これは貴女の六文ですよ。貴女が哀しみに暮れる理由なんて、どこにもありはしないんですからね」
緑は金平糖を子供に分けてやるようにして、ぱらぱらと、一つずつ、一つずつ、六つの銭を珠子の掌に落とす度に、彼女の小さな頭を撫でてやった。
「お釈迦様ぁ……。おらのことを見捨ててなかっただかぁ……ありがてぇ……こんな嬉しいことぉ……生まれてきてはじめてだぁ……」
「何も案ずる事なんてありません。貴女にはこれから素晴らしい極楽浄土で幸せになる権利があるんですよ。さぁ、どうか泣き止んで頂戴」
緑は、珠子が泣き止むまで、頭を撫でながら、彼女のことを抱き締めて子守唄を歌い続けた。そして、珠子が緑の胸の中で眠りにつくまで寄り添い続けた。
緑は珠子が安らかに眠りにつくのをみとると、その側からこっそりと離れて、三途の川を目指し始めた。彼岸花のような紅い風車の
死の香りに導かれながら、歩き始めたのだ。
その掌には、最早なにも握られてはなかったが、珠子を抱き締めた温もりだけが、緑の掌と心を温めつづけたのであった。
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