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奇妙な写真
台所の壁に掛けてある、地方銀行でもらったカレンダー。
1枚破ると、銀行のマスコットキャラクターたちが運動会をしているイラストが見えた。その上にはオレンジ色の〝10〟の数字。
10月に入ってからもう15日も経つのに、カレンダーを変えるのをすっかりサボっていた。
「ねー、それ、ちょーだい」
くしゃくしゃにした9月の紙を指して、母さんが言う。元の形に戻してから渡すと、シワだらけになった紙の裏に、母さんは赤ペンで絵を描き始めた。
「♪」
あ、鼻歌。
今日は調子が良いみたい。
「お母さん。私、学校行ってくるから」
「東京タワーを描くね」
「何か欲しい物があったらメールしてね」
「東京タワーが好きなの」
「お昼ご飯は冷蔵庫にあるから」
「クレヨンどこかなぁ?」
母さんにクレヨンがある棚を教えて、昨日コンビニで買ったパンをリュックに詰めて、靴を履いた。
今年入学した高校はアパートから近い。
5分歩けば住宅街を抜けて、大きな道路に出る。歩道に落ちた葉を踏みながら進んでいけば、10分で校門が見えてくる。
校門から少し離れた教室に入ってすぐに、
「あ、生駒さん! おはよー」
「生駒さんの髪は今日もサラサラだねー」
いつも一緒に過ごしているクラスメイト2人が手を振ってきた。1人はきっちりと結んだサイドテールの大島さん、もう1人はゆるいおさげの宮澤さん。私が手を振り返すと、2人は私の席に来た。
「てゆうかさ、1時間目から数学だよ。ひどくない?」
「うん、無理。朝から数字見るとか嫌すぎる……」
彼女たちの愚痴を聞きながら、教科書を机に入れていく。
私は彼女たちが好きだ。3人の仲は良い。
だけど特別に気が合うわけではないことは、お互いになんとなく分かっている。
入学式初日、地元の中学から進学してきた子たちがどんどんグループを作っていくなか、外部から来た私たちは完全に出遅れた。そのまま余った者同士で固まるようになったのは、自然な流れだった。
「……ねぇ、ちょっと、あれ」
「……うん」
急に2人の口調が変わった。今まできゃっきゃっ話していた声が小さくなる。
ーー嫌な予感がした。
2人は廊下を見ている。釣られて目を向けると、私は気が重くなった。
うわ、やっばりか……。
「1時間目から移動かよー」
廊下を歩いてくる、甲高い声のロングヘアーの女。
「ありえないよねぇ」
その女の隣を歩く、鼻にかかった声のショートヘアーの女。
そしてーー、
「……」
2人の後ろを俯いきながらついていく、おとなしそうな黒髪ボブの女子。
私の席は廊下側だから、3人の姿が嫌でもよく見えた。
後ろを歩く女子は、細い両腕に何冊もの教科書とノート、ペンケースを持っている。
対して、前を歩く2人は手ぶら。
3人は、あっという間に通り過ぎていった。話し声が完全に聞こえなくなると、クラスメイトたちが口を開いた。
「相変わらずだね、あの人たち」
「うん……。あの子、いつも荷物持ちさせられてるよね」
「いじめ……だよね? 先生とか気づいてないのかな?」
「どうだろう? 問題にならないんじゃない? 殴る蹴るとかは無いみたいだし、無視されてるわけでもないみたいだしね……」
「何か、かわいそう」
やめて
「せっかくの高校生活なのにね」
やめて
やめて
「あのさ、今日のお昼どこで食べる?」
咄嗟に出た言葉だった。
2人は一瞬キョトンとしたけど、この話題にすんなり乗ってくれた。
中庭のベンチで食べようという結論になった時、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。ほぼ同時に担任が教室に入ってきて、みんなが慌てて着席する。
担任の淡々とした連絡事項を聞きながら、私は中庭の景色を思い出していた。入学式の日、あそこは桜がふわふわ舞って、花壇はまるで色鉛筆を並べたみたいにカラフルだったけど、夏が終わった頃から急に殺風景になっていった。花が散って、緑が枯れた庭は、全体的に茶色い。噴水でもあればちょっと華やかなのにーーとか適当なことを考えて、私はさっき見た光景を必死に忘れようとした。
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