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 ……何か、随分長い間、眠っていたような気がした。桂木雅子は、薄暗がりの中で目を覚ました時、なぜかそう感じた。そして、いま自分がどこにいるのか、目覚める前に何をしていたのかが、思い出せずにいた。しかしやがて、それはもう「どうでもいこと」なのだと、そんな風に思えて来た。  辺りが薄暗く、時間の感覚が掴めなかったので、雅子は自然と右手の肘を折り曲げ、手首にしていた腕時計を見ようとした。だが、それは出来なかった。雅子には、右腕そのものがなかったのだ。  ……そっか。右手は、なくしちゃったんだっけ……。  そのことも雅子は、特に気に留めることはなかった。ただ、寝ている体勢から起き上がるのに、左手一本だけでは少し苦労するなと、ほのかに感じただけだった。   雅子はゆっくりと起き上がり、改めて周囲を見わたした。そこで、自分が狭い木造の小屋の中にいるのだと、なんとなく理解出来た。それから「ちらっ」と背後を振り返り、小屋の床に、穴が開いているのを見つけた。……この小屋と、あの穴。これは、なんとなく覚えてる……。  覚えてはいたが、そこから記憶を辿ることは、雅子には出来なかった。そういった思考回路そのものが、頭の中から消し飛んでしまっているように思えた。そして雅子は自分の中に、ある種の「欲求」が芽生えていることに気付いた。  ……右手をなくして、その後に、お腹も抉られた。たくさん、血が出たから。「補給」しなくっちゃ……。  それは誰かに教えられたわけではなく、いわば雅子の中に眠っていた本能が、雅子にそのことを訴えたような感覚だった。無くした分を、補給しないと。「他の誰か」から……。  その時、雅子は小屋の外に、「誰か」の気配を敏感に感じ取った。それもまた、野生の本能が目覚めたかのような、鋭い聴覚、嗅覚で感じ取ったものだった。雅子は、半開きになっていた小屋の扉から、そっと外を覗き見た。そこには、見覚えのある若い女性が、空き地の壁にもたれてタバコを吸おうとしている姿があった。  ……あの人のこと、あたし、知ってる。誰だっけ……。    雅子は再び記憶を手繰ろうとしたが、やはりそれは出来なかった。それより、自分の中で膨れ上がった「欲求」が、勝っていたのだ。
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