プロローグ

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プロローグ

 予想以上に遅くなってしまった勤務先での仕事を終え、桂木雅子は1人、薄暗い街灯が照らし出す夜道を、速足で歩いていた。  ……こんな時間になるはずじゃなかったのになあ。チーフったらもう、今回の案件に気合入りまくりだから……でもそのせいで、若い娘が真夜中に近い時間に、薄気味悪い夜道を歩いて帰らなきゃならないってのは、覚えておいて欲しいわよね。  雅子の住むアパートの最寄り駅は、日付が変わる前に終電が終わってしまうような「田舎町の駅」であり、更にはその終電が、この町の最後の交通網であった。路線バスはとうに運行を終え、駅前に待機しているタクシーも数台しかなく、捕まえれたらラッキーと言えた。つまり雅子は仕事の都合で、最寄り駅で終電を降りてから、徒歩で数十分かかるアパ-トまで歩くことを余儀なくされていたのである。  雅子が歩く道筋には、数メートル間隔で申し訳程度に街灯が並んでおり、その中の幾つかは「ぶちっ、ぶちぶち……」と嫌な音を立て、いつ電球が切れてもおかしくない状態に思えた。いつもならこんな時間になる前に、少なくとも路線バスのある時間には帰るよう心がけているのだが。雅子が関わっている案件は、プレゼンを間近に控えた大詰めに差し掛かっており、まだ入社2年目の雅子には、個人的理由で自分だけが「先に帰ります」とはとても言い出せなかったのだ。  しかし改めて、自分の他に人の気配がしない夜道を進むうち、やっぱり強引にでも「帰ります」って言えば良かったかなあと、雅子は後悔の念に捉われ始めていた。これでもし強盗とか、怪しい男に襲われでもしたら、会社から補償金とか出るのかしらね……? 雅子はそんなことを考えつつ、足元をかろうじて照らしてくれている街灯を頼りに、夜道を歩き続けていた。  そして雅子が、何かの建物があった跡なのか、通りの右側に小さな野原のように開けた箇所のある地点に差し掛かった時。雅子の耳に「かさかさっ」と、何かが動くような物音が聞えて来た。やだ、まさか本当に、強盗やレイプ犯じゃないわよね……? 雅子は更に歩調を早め、野原の脇を急いで通り過ぎようとした。その、時。
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