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俺、捨てられる
『上京』
その言葉への憧れがないと言えば嘘になる。
高校卒業前に両親が他界し、実のアニキと共に暮らすことを拒否したい俺は、最初で最後だと決めて告白をした高校の先輩に、無理を承知で住まわせてもらうよう土下座をしてまでお願いし先輩から言われた言葉は……
「1年で俺を落とせるなら居候させてやる」
勿論、その条件をイエスで返した俺は、世の中を甘く考えていたのかもしれない……
高校卒業し、料理の専門学校に通いながら、調理師免許を習得し、アニキの友人の誘いに乗り、高級ホテルの中にあるレストランのウエイターからという条件付きで修行が始まり、平凡な日常を過ごしていたのだが、いつも通り仕事を終え帰ってくってきた俺は、玄関ドアの前でピタリと足が止まる。
ドアの前に置かれていたのは、家から服や必要品を詰め込んできたキャリーケースとその上には、キャリーケースに入りきれなかった荷物が入っているであろう鞄が玄関ドアの前に置かれ、鍵まで変えられてしまったのか、差し込もうとした鍵が入らない。
これぞ、人生最大のピンチ! 先輩の宣言通り、一年目の今日、物理的に捨てられた。
玄関の前で座り込んだところで、先輩が入れてくれるわけもなく、とりあえず話をしようと、バイク通勤の先輩が帰ってくるのを狙って、駐輪場で待っているのだが……
「……寒い……」
時折、強く吹いた風に膝を抱え、背を丸めて吐いた息は白く、その白い息を見ただけで身震いを起こした体を腕で包み、持っていたカイロを握りしめた。
何が足らなかったのだろ……胃袋をつかむ為に調理師免許まで取ったし、愛してますも、好きですも毎日のように伝えたのに、伝わってなかったのかな……先輩も好きでいてくれてると俺ばかりが思ってただけなのかな……
あー……ダメだ泣きそう。
抱えた両膝の上に顔を埋め、今にも声を出して泣きそうりなったけど、帰ってきた先輩に冷やかされるのが安易に想像できて、グッと唇を噛み締めて耐えていると、誰かが俺の頭を優しく撫でている感覚にゆっくりと顔をあげた。
「あの……大丈夫ですか?」
そう俺に声をかけた人は、同じように膝を折り、優しく微笑んだ姿に口をぽかんと開いたまま、言葉を失う。
だってその人を、囲むように白い羽が舞い、キラキラとした光が指し込んでいて、それは、漫画やアニメで登場する天使のようだ。
彼? 彼女? 性別不明の天使に声をかけられたことで我に返り、この先の衣食住を確保するため、人の良さそうなこの天使に、望みを託してみようかと生唾を飲み込んだ。
1週間……いや、三日でもいい……
「あの……俺、同棲していた人に追い出されて……」
「……はい?」
「躾はできてると思ってます! 料理も洗濯も片付けも出来ます! だ、だから! 俺を拾ってくれませんか? 後悔はさせません!」
よっしゃぁ! 言い切った!
言葉なんか選んでられないから、一気に並べたけど……とにかく伝わってくれ! と心の中で手を合わせ、目の前にいる天使の返事を待つ。
それよりも……さっきっから……距離が近いんだけど……目が悪いのかな? っていうか、この天使さんから柑橘系のいい匂いもして、もう天国に来たかと錯覚さえ起こしてしまう。
「…………色々お手伝い頼んでも……」
「はい! なんでもやります!」
そう、なんだってやるさ!
ここで生きていく為なら……先輩とモトサヤに収まるなら……なんだってやる!
その人は、また柔らかな笑顔を見せ、右手を差し出した手に、やる気いっぱいの俺の手が握る。
「吉野楓といいます」
「高津謙吾です」
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