夜に、叫ぶ。

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 しゅるっ! しゅるるるっ!!  避ける間もないまま、何本もの触手が、幾重にも俺の身体に巻きついた。 「……!」  あっという間に、俺は身動き一つ出来ない状態になっていた。動きを封じられた俺に、更に信じがたい光景が映った。先ほどまで、腐った果実のようにぐじゅぐじゅしていた、先輩の頭部が、少しずつ形を変え。気が付くとそれは、先輩の顔そっくりの形になっていたた。……なんてことだ……!! 「勇二……だな?」  その声もまた、先輩のものだった。 「こざか、しい……裏から回ってくるとは、な。探偵をしてるんだった、な。警戒、は。していた、よ……」  たどたどしくはあったが、憎らしいほど、きちんとした日本語を喋りやがる。「こざかしい」だと? この野郎……! 「お前、も。仲間に……俺・達・の、仲間にしてやろう。そう、思った。まあ・いい。こうなれ、ば。同・じ、事だ……」  その言葉と同時に、触手の一本が俺の口をこじ開けた。 「あぐうっ」  その口に、もう一本の触手が……触手の中でも、ひときわ赤みのかかった一本が、しゅるっ! と入り込んできた。 「……!!」  そいつは口の中から、俺の食道に潜り込み、更に、俺の胃の中まで入り込んだ。 「!!!」  俺は苦しくて、ばたばたともがいた。だが、触手はがっちりと俺を押さえ込み、身体の向きを変える事さえ出来ない。 「お前・に……俺・達・の、子供を産み付ける。お前・は……俺達・の、仲間になる。身体の、中から……お前は、生まれ変わる……」  俺の胃の中に、何かが「ぽとん」と落ちた。そいつは俺の胃を、内側から猛烈にかじり始めた。 「!!!!  あまりの激痛に俺はのた打ち回った。いや、身体の動きは封じられていたので、ただ手足をびくびくとさせただけだったが。そいつは、俺の体の中を思う存分蹂躙し始めた。     その、激痛の果て。  もはや抵抗する力も失せた俺は、今にも倒れそうな体を、触手に支えられていた。やがて、俺の中に、ある意識が芽生えてきた。  それは言いようのない、どこか遥か遠い記憶といったらいいだろうか。  人類にはおよそ想像し得ない、遥かなる記憶だった。  俺の体の細胞が、一つ一つ、変化していくのがわかる。  もう、俺は……こいつらの「同類」だ。  俺の意識は、身体の奥底へと沈み込み、そして沈黙した。 「終わった、な。さあ、一緒に・来い……」  俺の身体は、驚くほどの身軽さになり、先輩の服を着ている“モノ”の後に従った。 「さあ。出発、だ……」  どこへ行こうというのか。もっと仲間を増やすのか。それともそこらじゅうで、もう仲間は増え始めているのか。俺の意識は、ただ闇の中で、じっと考え込むのみだった。  きっと、新しい……全く新しい、世界が来る。  おぼろげに、そんな予感が俺の全身を満たし始めていた。  ―了―  (Bad ending-#1)
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