夜に、叫ぶ。

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 ☆特別編#1――「先輩編」☆  全身の力が一気に抜け、俺は、どさっとその場にへたりこんだ。  やった……いや、やっちまった……!  目の前には、和美の体が力なく横たわっている。  さっきまで和美の首を締めていた、両手が震えている……。       もう、消えちまったんだと思っていた。あれは、悪夢だったんだと。  和美が、和美でなくなってしまったあの日。そして、和美自身が俺を救ってくれた、あの日。それからは、俺はそれまで以上に和美を愛した。大事にした。そう、あの出来事は、刑事と言う仕事を言い訳にして和美をないがしろにしていた、俺への戒めだったんだと思った。でなければ、和美の姉が……死んだはずの姉が和美に乗り移り、俺を殺そうなんて事が起きるわけがない。あれは、もっと妻を大事にしろっていう神様のお告げだったんだ。そう、思っていた……。  なのに、再び。“仁美”は現れた。俺は、もう限界だった。これ以上、自分を押さえることはできない。俺は、殺してしまった。自分の手で。妻を。和美を……。  何か他に手はなかったのか? 和美を仁美から助け出し、救う方法が。いや、例えなかったとしても、それをまず考えるべきだったんだ。なぜ、殺しちまったんだ……!  いくら悔やんでも、悔やみきれない。俺を慕い、愛してくれた女。そして、狂気に満ちた仁美。俺は、その落差に耐えられなかった。“仁美”の考えで、その言葉で喋る“和美”に耐えられなかったんだ。もう、見たくない。こんな和美を。その想いの方が、先に立ってしまった。和美を救おうという事まで、考えがいかなかった……。  俺は、二階の部屋に和美の遺体を残し、ふらふらと階下へ降りた。そして応接間に入ると、どかっと腰を降ろした。何も、考えが浮かばない。どうすればいいのか。どんな理由であれ、人を殺したことに変わりはない。  自首すべきか? そして、この馬鹿げた話を署のみんなに話すのか……? とても、信じてはもらえまい。みんな、俺を慕ってくれている。あいつらの期待を、全て裏切ることになる。  俺は、自嘲気味に「ふっ」と小さく笑った。「頼れる奴」「頼れる先輩」か……。それも、今夜限りだ。俺は、ソファーにもたれ、天井を見上げた。       その時。 『先輩、何言ってんすか?』  ふと、声が聞こえた気がした。 『何があっても、先輩は先輩っすよ!俺は、先輩を信じます!』  勇二の声だ。俺はまた小さく笑った。あいつなら、そう言いそうだな。 『先輩も、何かあったらいつでも、俺を頼ってくださいね』  今日、電話で話したことを思い出した。勇二、あの時は笑ったが……お前に、頼るしかないようだ。俺は携帯を取り出した。  勇二、お前しかいない。こんなことを話せるのは……。お前に、話を聞いて欲しい。俺は、初めてあいつって存在の、ありがたさがわかった。いつも俺が叱ってばっかりだったな……でも、お前がいたからこそ俺は、俺でいられたのかもしれない。お前に尊敬される“俺”でいようと……。  俺は、思わず泣きそうになった。きっと、お前みたいな後輩を持った俺の方が、「幸せ者」なんだな……。  携帯のコールが鳴る。早く、お前に会いたい。会って、話をしたい…… 『はい、勇二です』 「勇二か、俺だ……」  俺は言葉を選びながら、勇二に話し始めた……。     特別編#1―了―       特別編#2→次ページへ
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