夜に、叫ぶ。

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 俺は、一人で行くのは嫌だった。 「先輩、一緒に行ってください! ……俺一人では、行けないです」  俺は先輩の手を取った。俺一人で和美さんの遺体を見るなんて、できっこない……!  しかし先輩は、ソファーから動こうとはしなかった。 「俺は……俺は行けない。もう、あいつの顔を見られない……」  先輩はそう言ったっきり、両手で顔を覆ってしまった。 「先輩……」  その姿は、到底先輩のものとは思えなかった。あの、信頼に足りうる、頼もしい先輩が。こんな弱々しい姿を見せるなんて……。 「先輩、お願いですから、一緒に来てください! 俺に信じて欲しいなら。2階へ行きましょう」  俺は、心のどこかで、これが全部何かの間違いであればいいと願っていた。俺と先輩が上に行ったら、和美さんは生きていて。全部、先輩の勘違いだったと……。 「先輩!」  俺は半ば強引に、先輩の手を引っ張った。先輩は重い腰をようやく上げ、2階を見上げた。 「ああ、わかった。行くよ……。いま頼れるのは、お前しかいないんだ……」    俺と先輩は応接間を出て、2階への階段をゆっくりと登り始めた。2階には、先輩が家を建てたとき、いずれ子供部屋にでも……と作った小部屋がある。今は物置みたいになってるんだ、と言っていた。  俺達は押し黙ったまま、階段を登り、2階の部屋の前に来た。  ドアが少し開いているが、中は真っ暗で何も見えない。 「先輩……」  俺は静かに呟いた。 「この中に、和美さんが……?」  先輩は「こくり」と頷いた。  この中に、和美さんの遺体がある。  俺は息を飲みながら、ゆっくりとドアを開けた。   
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