夜に、叫ぶ。

84/113
前へ
/115ページ
次へ
 俺は、「もう止めてくれ!」と仁美に懇願した。 「たのむ、止めてくれ! ………先輩が、先輩が、死んじまう……!」  俺はいつの間にか、泣きじゃくっていた。こんな、こんな……!  ついさっき和美さんの死を目の当たりにして。信じられない話を聞かされて。挙句の果てに、先輩まで……!  もう何度、繰り返し床に叩きつけられたろう。先輩の身体はぐったりとしたまま、もう一度引き起こさた。先輩の頭が、力なく、「がくん」と下を向いた。 「先輩!」  俺は先輩に駆け寄った。 「先輩、先輩……」  先輩の額から、鼻から、口から、溢れるように、血が流れ落ちている。俺は着ていたシャツを破き、先輩の顔を覆った。俺の手が、血でたちまち赤く染まる。  ひゅう……ひゅう……  俺の手に、先輩の口からかすかに漏れて来る、苦し気な吐息がかかった。  ……よかった。まだ、息はある……! 「ふふ、さすがにしぶといな。まだ生きてやがるか……」  “仁美”はにやにやと笑っている。 「なぜだ? なぜ、こんなことを……」  俺は、手にベットリと付いた先輩の血を拭いながら、叫んだ。  仁美は対照的に、尚もにやつきながら話し出した。 「……教えてやろう。私は、小さい頃からずっと“和美”と比べられていた。優しく、まっすぐで、頭の良い和美と。私と和美は、顔だけは似ていたが、まったく正反対の人間だった。私は、あいつが憎くてしょうがなかったんだ!」  俺は黙って、仁美の“独白”を聞いていた。 「だから、わたしはあいつの元を離れた。もう、あいつと比べられる人生なんぞまっぴらだ! 私は、私自身として、認めてもらいたかった……」   「ところが、行方をくらました私を探しているうち。あいつはなんと、結婚相手を見つけてしまった。裏目に出てしまった。私のとった行動が、あいつをまた幸せにしてしまった……!」  仁美は憎々しげに、唇を「ぎゅっ」と噛みしめた。 「それを知った私は、心底絶望し、自らの命を絶った。……しかし、魂は死に切れなかった。あいつに、私をどん底に追いつめた和美に復讐するまで、私は死ぬことは出来ないのだ……!」   
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加