羽島×菜乃香

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 でも、もう遅かった。涙が溢れてしまって、私は手で顔を覆った。いつもより濃いメイクが落ちてしまうから擦りたくないけれど、感極まってしまって止まらない涙に、私はハンカチを出して目を押さえる。 「いるの? いらないの?」 「…………いる」 「じゃあ結婚して、菜乃香」 「順番逆じゃないですか」  鼻をすすって羽島さんを見ると、得意げに口角を上げてこちらを見ている。そして、私の左手を取り、出した指輪をゆっくり薬指にはめてくれた。いくつかの小さなダイヤがさりげなく埋め込まれた、シンプルなデザインの指輪だ。派手なものが苦手な私の好みを、本当によくわかっている。  なんか、ホント……この人、ずるいな。私の心のほどき方を心得ていて、いや、女性の扱いそのものに慣れていて、この上なく嬉しいのに悔しくもある。 「ていうかコレ、だいぶ前に用意してたんだけど、渡せずに持ってた」  はめてもらった指輪を見つめて微笑んでいると、羽島さんがぽつりと口を開いた。だいぶ前、という言葉に驚き、私は思わず「えっ」と声を上げてしまった。 「い……いつ頃買ったんですか?」  まさか、10年前とは言わないだろうけれど。
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