陽陛下と天帝の二の剣

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中二階の空中庭園には、泣き崩れた紅花が一人、そして陽奏がその横に佇んでいた。 「あなた……、あなた……ごめんなさい……守れなかった……私、恐ろしくて……足がすくんでしまって……動けなかった……!」 「紅花さん……」 「陽奏……ごめんなさい、ごめんね……、私……また……奪われて……」 「しっかりしろ!」 陽奏が、母親を叱咤した。 「いいか、俺達は今はなにも出来ないかもしれない、でも、いつか、あいつを取り戻すんだ。きっと陽の旦那は体を作り替えられて、暫くは死なないようにされると思う。だから必ず天界に乗り込んで、陽来を取り戻すんだ……!あんたが出来なくても、陽家の人間がいつか、いつか……!それをおいらが見守ってやる。ねえ、そうだろう!あんたも……すぐ死んじゃうんだから。ちゃんとしないと、ちゃんと生きないと!俺がそばについていてやるから、ねえ……母ちゃん……」 そう言って陽奏はにこり、と笑った。 「おいら、あんたの息子としてそばにいても……いいかなあ?」 紅花はそれを見て、自分の腹を痛めた、我が子を思い出し。 二人の陽奏が重なって、見えた。 そこで、紅花はもう泣かぬことに決めた。 やるべきことをすることに決めた。 こくりと陽奏に頷き、きりり、と顔を改めて告げる。 「もちろんよ。私に力を貸しておくれ、我が息子よ」 「はい、母上」 涙をふいた紅花は、おもむろに立ち上がり、ざわめく民衆に語りかけた。 「蓮の国の民よ、聞いてほしい!今、天帝が降りられた!そして、我が夫陽来を連れて行かれた。私は……私は、陽来がどれだけ身を粉にして蓮の国の為に尽くしてきたか知っている。だから、その意志を継ぎたく思う!私の傍らには、天帝より授けられた天帝の二の剣が在る!彼と一緒にこの国を導きたい。陽来の代わりが務まるか解らないが、夫の後を継いで王になることを許してほしい!どうだろうか!」 そう紅花が告げると、一時いっとき、皆が押し黙ったが。 その(のち)。歓声が上がった。 「陽陛下、万歳」 「陽陛下、万歳」 「陽陛下、万歳」 そうして蓮国は女性の王を迎えることになり、それから暫く安寧の時を迎える。 陽奏となった二の剣は孕み玉を使い、紅花と子を作る。 それは陽冽と名付けられ、彼には異端の力、比類なき才能が宿った。 それ以来、陽一族は人ならざる能力を持った者共が交じる。 陽一族の悲願はいつか天界に乗り込み、陽来を奪い返す事。 それまで、脈々と血を繋げて強くなるのだ。 紅花が死んだ後、百年程陽奏は陽一族をよく見守っていたが。 「天界に乗り込めるようになったら起こしてほしい」 と言って自ら蓮国の王宮にある宝物殿にて、眠りについた。 この大地の名は染と宣う。 天界に天帝がおわし、下界では人や獣が風に吹かれる砂の時間、刹那の有様を営む。 縦横に広がる下界の大地に七に別れた国共、在り。 奉、含、蓮、呑、往、眉、無。 その七国の三の国、蓮の国は天帝を崇めず、【来・来・来】と三度重ねて言葉を言わず。 代わりに陽来という者を像にして崇め、祈る時は「来!」と一声のみである。 そしてときたまこの国では。 ぽろん、ぽろん、と空から迅の音が降ってくることがあるそうだ。 【陽陛下と天帝の二の剣】【来】
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