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そして、この女に陽来が惚れたと解った瞬間になにか、胸がざわついたのだ。
それを江滝は陽来への嫉妬だと、今も疑わずに思っている。
もう、江滝の傍には誰もいない。
ただ、酒だけがほんのりと寂しさを散らしてくれる、毒であった。
「江滝様、よろしいでしょうか」
「何用だ」
惰性で酒を飲んでいると、自分の家来が声をかけた。
「はい、実は江滝様に会いたいという者達が……」
「私が知っている人物か」
「いえ、そうではないんですが……それが……おかしな連中で」
「おかしな?」
「男と女なのですが。江滝様にこう告げてくれと言いました」
「なんだ」
「陽来の行方を知っている、と」
「俺の部屋に通せ。すぐに行く」
手にしていた盃に残っていた酒を一気に煽ると立ち上がった。自然に笑みが頬に乗った。
「はは、は。そうだ、陽来。どうせお前には俺の元へ帰るほかに帰る場所などないのだから。ふん、手を煩わせて困った豚だ。主人を困らせた罰を受けさせねばなるまい……」
そう言いながらゆらゆらと江滝は歩き出す。美龍公と呼ばれた男は美しい。だが、最近では不健康さが先に際立つ。多分に酒を飲み、腹だたしさを紛らわせる為に淫薬を飲んで女と幾夜も交わる。つまらない世の中、と思っているから、自暴自棄にもなる。飯も食わずに酒と女。
そんな男が待ち望んでいるのは、一匹の豚だ。
「びいびい、と鳴かせてやる。江滝、すき、と言わせてやる……」
そんなことを酔いに任せて呟き、呟き。薄暗い廊下を歩く。
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