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後宮から、王宮へ渡る。
道すがら、ふと、花の香りが鼻腔をくすぐる。
甘い。生花を煮詰めて。どろりとさせて。
普通の花の匂いではなかった。
ふわ、と香るそれ、は。
自分の部屋に近づくにつれて段々と濃くなっていく。
(なんだ、この匂いは)
厭ではなかった。だが、良い気もしなかった。
きつすぎるのだ。むせかえるような、花の匂い。
思い当たるのは、陽来の行方を知っていると言った男と女の客。
(これは女の香水か。それにしても、なんという匂い。まるで香水の瓶を頭からかぶって降り注いだみたいではないか。これではまともに話もできはしない。もしも陽来の行方を知っていなければ、ひどい目に合わせてやる)
酔った頭でそう愚痴る。自分の部屋の前にたどり着くと、扉の向こうから、やはりその匂いはした。
嗚呼、臭い。
扉に手をかけて、開く。
部屋に入った瞬間、懐かしい夏蜜柑の匂いがした。
あの、自分が求めていた男の臭いだ。
「陽来」
思わず声が漏れる。待っていたぞ、陽来。そう言おうと口を開けて、そのまま固まった。目の前にいたのは陽来ではなかった。夏蜜柑の匂いも消えていた。
それを覆い隠すほどの、生花の濃縮された、匂い。
女がいた。
四肢のない女が全裸で、いた。
江滝が仕事机として愛用している机の上で、しっとりとした肌の女が座っていた。
陰毛に隠れて陰部は見えないが、それ以外に体毛はなく、白い肌は闇夜に生える、薄暗いのに唇だけは朱いのが解る。それに、白い、髪だ。
「誰、だ」
江滝が呼びかけると、女は笑う。ゆっくりと机に寝そべり、顔が見えなくなった。それに誘われるように部屋に踏み入れると、肘までしかない腕が、早く、と誘った。
「来て」
女が喋った。美しい声だった。顔はまだあまりよく解らない。ふら、ふら。近づく。
「来て」
女が誘う。顔を近づける。
「ねえ、見て」
女は江滝と見つめ合った。
江滝は解った。
(これは、俺が求めていた女だ)
女は美しいを通り越して、もはやおぞましくもあった。ねっとりとした目つきで江滝を捉えて離さない、のではなくもう逃さない、と舌なめずりをしている。
そして、江滝自身が生きたまま、喰われたいと思った。まるで蛇に頭から丸呑みにされて、長い時間をかけて死んでいく。
それを、この女は望んでいるし、江滝もそれを欲した。
「お前は……?」
江滝が尋ねると、女はくすくす、とあどけない笑いをしてみせた。
「誰だと思う……?」
「さあ、見た事もない」
「ほんとうに?」
「ああ……」
「うそつき」
「ほんとうさ。お前みたいな娘、初めてだよ。それなのに、私を捉えて離さない……」
「離さないわ」
「本当か」
「本当よ……死ぬまで」
「ああ……いいな」
うっとりと江滝は酔いしれる。花の匂いはもうしなかった。否。花の匂いに慣れたのだ。
女は続けて言う。
「あたし、欲しいの」
「欲しい?なにを」
「すべて。あたし、魔物に手足を奪われたの。千人の男の精を吸うまで手足がないの……。服もない、名前もない。ねえ、あたしにあんたの全て、ちょうだい」
「私の全てか。貪欲な娘だ……いいだろう、くれてやろう」
「ちょうだい」
女が囁く。部屋の扉は少し開いている。その間から悲し気な顔で二の剣が見ている。そこから見えるのは。
狂気だ。
うっとりとした心地で江滝がのしかかっているのは。
くちづけをしているのは。
目を剥きだしにして、口が裂けそうなほどに開いて笑っている陽来だ。
復讐に心を蝕まれた男の姿だ。
「ちょうだい、あたしに」
そう言って陽来が足を開いて江滝を誘う。それに導かれるままに江滝が性器を出して、ねっとりと蜜を溢れさせて待っている秘部に埋め込む。ああ、と感嘆の声を上げて江滝が呻く。
「なんと、まあ。お前のあそこはまるで……」
「まるで?」
「女の口だ」
「男の口かもしれないわよ……、ねえ、どうして動かないの?動いてよ……犯してよ、犯したかったんでしょ?あんた、こうしてみたかったんでしょ?」
「ああ……、ああ……、そうだ、俺は……陽来に……」
「どうして?」
「どうしてだったんだろう……」
「あんた、親友の手足をもいだのよ」
「そうだ、だがあれは、陽来が悪いのだ、紅花を奪ったから……いや、違う……紅花が、陽来を奪ったのだ、俺の陽来を。だから、俺が奪い返しただけだ」
「馬鹿ね」
「馬鹿……?」
「誰もあんたのものじゃない、誰もあんたのものになんかならない……、だから、ねえ。あたしが全部奪ってあげる……、あんたの全てをあたしが奪ってあげる、ごりごり、かじって、食べてあげるの……」
「ああ……俺の女神……俺を奪ってくれ……」
そう言って江滝は涙ぐみながら、陽来を抱く。
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