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睡蓮にそう言うとなんでもないことのように「じゃあ精のつくものを食べましょう。私が口移しでいっぱい口に押し込んであげる。吐きそうになってもちゃんと食べなきゃ駄目よ……だってあなたもそうしてきたでしょ?あの豚公が厭だって泣いても、精のつく、きつい物を女に弄ばれて弱って死にそうなあいつの口に無理やり押し込んで、食べさせたでしょ?「公務なのだから、きちんと食え。食わなければ紅花を殺す」そう脅していくら吐いても、吐いても食べさせたでしょ?そしたら次の日……とっても元気になったじゃない。ねえ、あなたもそうしなきゃ、いけないわ。え……?なんで知っているのかって?いやあね、あなたが楽しそうに教えてくれたのよ……?そうじゃなければ知っている筈がないじゃないの」といってくすくす笑うのだ。だから江滝もそうか、頑張らねば。と言って笑うのだ。
なにせ睡蓮は若く、性欲の強い女である。
少し年を食ってしまった自分が付き合うのならそれくらいの覚悟は必要だと思ったし、その努力をするに値する女を手に入れたと思っていたからである。
ある日、唐突に紅花は離縁された。
それも一通の簡潔な手紙と、それを持ってきた江滝の家来の口頭によって、である。
「本日、私が帰宅するまでに家を離れるべし。本来の妻を家に招き入れる為、即刻退去せよとの事です。欲しいものがあるなら好きに持っていけばよいとも仰せられ……」
「あの……陽来は……」
「私ではわかりかねますが、あれから姿が見えませんで……。噂通りどこかで身を潜めているか、……その……もう……」
「いいの、言わないで。でも、きっと大丈夫。ありがとうございます。解りましたとお伝えください」
「あの、奥方様……いえ、紅花様はどこか身を寄せる場所はおいででしょうか……?」
「恥を忍んで実家に帰らせてもらおうと思っています。私の帰る場所と言えばそこしかないですし……もし、もしもあの人が生きていたら……尋ねる場所はそこだと思います……」
「そうですね……、どうぞご無事で」
「ありがとう」
そう言って江滝の家来と門の前で話していると、馬の蹄、馬車の轍の音が聞こえた。あ、と思う間もなく馬車は門の前に着き、そこから若い大きな男が出てきた。顔は少し間抜けである。その男が紅花を見ると、はっ、としたけれどなんでもないように馬車から降りて、次に降りてくる人物の手助けをしていた。なぜならその人物は、人を一人抱えているので、降りるのに手間取っているのだ。
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