江家の嫁

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そう答えると二の剣はほっ、とため息をついて顔に似合わないいたずらっ気のある笑顔を浮かべた。 「そう、来なくっちゃ。どこへ帰るんだい、送るよ」 「いえ、そんな」 「いいさ、どうせ陽来の旦那はここから動かない。さあ……、ここから立ち去ろう。大丈夫、おいらはちゃんと見届けるから。それがおいらの役目なのさ」 二の剣が紅花の肩を抱いて門から出て行く時に女の笑い声が聞こえた。 それがどうにも、粘りついた音色だった。 「ここが俺とお前の寝室だよ」 そう言って江滝が自分の寝室の寝床に睡蓮をおろしてやると、女は笑い声をあげた。 「ああ、嬉しい。やっと、入れた、入れた」 「俺の家にこれたのがそんなに嬉しいか」 「ええ、とっても嬉しいわ。あんたとわたし。そしてあんたの女房はあたし、一人」 「そうだ。前の妻とは別れたよ。あんな辛気臭い女……。どうしてあんなものを欲しがったのだろうか……」 「そんなことどうだっていいじゃない。ねえ……犯してよ」 「なんだ、またか」 「だめ?」 「ううん、そうではないが……先ほども馬車の中で交わって俺は少し疲れてしまった。お前と違って俺はもう四十だ」 「そう……なら……」 と言って睡蓮は江滝の寝室から見える、中庭に立つ大きな天帝の霊廟を指した。 「あそこを私に頂戴」 「なんだって?」 「私……千人の男の精を吸わねば手足が戻らないの。だから、私……あそこで千人、ううん、あと九百とちょっと……男に抱かれたい」 「おい、しかしお前は俺の女房ではないか」 「そうよ。あんたは私の物。でも、どう?私に手足が生えて欲しくないの?」 「それは……」 「そしたらあんたの為に舞ってあげる。それにあたしのきれいな手であんたの萎んだおちんぽを扱いて上げれるわ。興奮するでしょう?ねえ、それとも……あたしが他の男の物になってしまうのを心配しているの?」 睡蓮は寝床に寝そべりながらその布地にこびりついた誰かの匂いを執拗に嗅いだ。 女の淡い、匂い。 睡蓮の儚げな眼が閉じる。 そして、すう……と一筋の涙が流れた。 「あたし……元に戻りたいの……それを邪魔なんてさせないわ」 「睡蓮、気持ちは解るが俺はこのままのお前でも……」 「大丈夫よ……もっともっと夢中にさせてあげる。千人の男に抱かれても、あんたとは毎日、交わるわ。精が枯れるまで……絞りつくしてあげる。ねえ、旦那様?言ったでしょ?死ぬまで、一緒」 「死ぬまで、一緒か」 「そう。死ぬまで、一緒」 ほら、と睡蓮は唇を突き出して口づけをせがむ。そのしぐさに顔を和ませて江滝は可愛い女に口づけをした。 数日後には、江家の門の前にはこんな文言の張り紙がなされた。 【この家の花嫁は千人の精を吸わねば魔物に奪われた手足がもどらぬ悲しき運命さだめの女である。慈悲をくれるという男あるならば、我が家の霊廟に来られたし。その際貢ぎ物として、自分の大事な物を一つ、進呈いただきたい。その代わり、束の間の夢を約束する】 邪な男共は沸き立った。だが、どうにも納得がいかぬのは、慈悲をくれろと言うのに、貢物が必要なのだと言うことだ。ふむ、と言いながらある男が言った。 「まあ、自分の物で大事なものとあるから価値がなくともいいのではないだろうか」 「そうだな、自分の大事な物、なのだものな。そこいらの雑草ひとつ、引き抜いてこれが大事なもの、だとしても言い訳だものな」 そんなことを言って笑い合いながら各々が家に帰り、どうでもよいもの、美しいけれど安価な物、愚直に自分の大事な物を持ち出す男、噂を聞きつけて大金を用意する好色家。そんな男達が手足がないが美しい噂の女を抱こうとわんさかと集まった。江滝の家来たちがその男達を一列に並ばせて待たせるのを苦々しくみるのは江滝の母、江玉と呆けた父、江蝉である。
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