陽陛下と天帝の二の剣

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陽陛下と天帝の二の剣

残ったのは堂萬の臣下達である。二の剣が脱ぎ捨てた衣を手早く身に着けると、ぎろり、と周りの者共を睨む。 すると怯えた男共は口々に「兵士、衛兵、殺せ、王殺しを殺せ」と部下共に命じる。するとその場にいた身分の低い兵士、衛兵、剣を抜き、構えてこう言った。 「んまーお」 「みゃお、みゃお」 そう言うなり、堂萬の臣下共に斬りかかっていったのである。 彼等は陽来の部下であったり、陽来の事を憎からず思っていた一派、それに、街で陽来が世話をした親の息子だったりしたのだ。 皆が涙を流しながら、こう言って陽来を迎えた。 「お帰りなさい、陽将軍」 「お帰りなさい、お待ちしておりました!」 「必ずや生きてお戻りになると信じておりましたとも!」 「お前達……。しかし……俺は……、」 そう言いながら陽来は立ち尽くす。 いくら、仇を取るためとはいえ、自分は千人もの男に抱かれ、あまつさえ王をも殺した重罪人である。そんな男をかばうな、と言おうとした時には堂萬の臣下はあらかた殺されていた。 王の間に残ったのは陽来と、衛兵と、兵士であった。 二の剣を握ったまま、陽来が俺は……と口ごもると。 その場にいた男達は一斉に平伏し、それから顔を上げて合掌して叫んだ。 「陽陛下、万歳!」 「陽陛下、万歳!」 「陽陛下、万歳!」 貴方こそがこの漣の次の王になるべきだ。そう、言っていた。 それがこの場にいた者共の総意であった。 「陽陛下、だってよ」 いつのまにか人の姿、少年の姿になっていた二の剣が肘で陽来の腕を小突く。すると陽来が困ったように微笑んだ。 「俺はそんな器じゃないさ。それに……俺は……穢れている」 「穢れてねえよ。綺麗だ」 そう言って二の剣がそっ、と陽来の腕をさすった。 「新品の手だぞ。嬉しいだろう」 「ああ」 「それに、新品の足だ」 「ああ」 「穢れてる?」 「……いや。新しい、手足は綺麗だ」 「じゃあいいじゃんかよう。どうせあんたは」 「すぐ死ぬし、か?」 「ああ、そうだ」 「そうだな……。じゃあ、すぐ死ぬ俺の傍に、もう少しだけいてくれないか?俺はまだ、一人では歩けない」 「手足があるのに?」 「三年と少し、手足がなかった。どうやって歩けばいいのか……迷っている」 「仕方ねえなア。それに、まだもう一つ願いが残っているしな」 「うん?」 「ほら……紅花さんと会うまでが、俺との契約だ」 「ああ、そうだな」 そう言って陽来、強く頷いた。 それから陽来、紅花に手紙を書く。 内容はこうだ。 【愛する人よ、永遠に愛を誓った妻よ。どうか二年程の間、会うのを待ってくれないか。なぜなら知っての通り、俺は復讐の為に男を貪り、江滝に抱かれ、卑しく、豚のように暮らしてきた。その償いをしたい。それはこの国を治めることだ。今この国は堂萬の腐った(まつりごと)によって弱体している。二年で国の病が治るか解らない、が。努力をしてみようと思う。それともう一つ。俺の友、俺の相棒、二の剣の事だ。あの子は永く生きてはいるがまるで愛された記憶がないようでひねくれている。どうだろう、彼を死んだ我が子、陽奏の名前を与えて我が子のように愛してみないだろうか。あの子は口は悪いがとても良い子だ。二年の後のち、私達が再会を終えると天界に帰らねばならないかもしれないが、もしかすると下界に残る術があるかもしれない。出来る限り、この子に私達の愛を与えてやらないか。これは俺の望みでもある。もしも私とまだ夫婦でいてくれるのならば……二年後、また手を取り合おうではないか】 その手紙を読んで、紅花は、その手紙を持ってきた少年の姿の二の剣を抱きしめてこう言った。 「ああ……、戻ってきたのね……。待ちきれなくて、今世で私に会いに来たのね……愛しい子……」 「なんだよお、急に抱き着いたりしてえ……気味悪いなあ」 その抱擁に戸惑い、憎まれ口を叩きながらも、二の剣はそっ、と紅花の肩に手を回したのである。 それから二年もの間、陽来は夜も昼もなく、国の為に働いた。 王になる儀式はしなかった。二年。二年経てば妻に会える。 王になるのはその時で良い。 今は一介の男として、国を立て直すべきだと脇目も振らずに国の為、民の為。働いた。 その傍ら、よく迅を弾いた。 妻に音色が届くように、と夜中に紅花が身を寄せている淡家の門の前に立って、迅を弾き流すこともあった。紅花も弁えて、家人が陽来を招き入れようとするのをそっ、と止めた。 「二年、待てば。私達は家族に戻れる」 紅花と陽来はそう願い、焦がれ、その想いを文に託し、それを二の剣、いや陽奏に渡して文通し合った。 そのどちらの思いと、二人が自分に注ぐ、親子のような愛情に陽奏も少し、変化する。
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