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王宮の、空と地は阿鼻叫喚だ。
いきなり、王と認めた男の手足が取れて、手足と胴体がばらばらになり。ごとん、と床に落ちる様を見せられたかと思えば。
今度は下界の者ではけしてないであろう、人馬、人牛、そして蠅の顔をした者が現れた。恐怖の悲鳴、神が降臨されたと歓声を上げる者、陽来のあまりの姿に気を失う者。ともかく大きな声が轟轟ごうごうと鳴り響く中、「天帝ここに在り」が楽師の体で奏でられ、馬車の扉が開いた。
そして、ゆっくりと天帝が降りてきた。
手には、陽奏、いや二の剣が剣になった姿とよく似た剣が握られていた。
柄は金を細く糸にしたものを巻き付けてあり、腰に添えられた鞘は深みのある紫、漆黒で描かれた文様は、大烏である。ぎらり、と刀身をぎらつかせながら天帝は馬車を降り、やれやれ、と肩をすくめながら剣を鞘に納める。すると、その剣がすっ、と消え失せて、いつのまにか陽奏によく似た青年が天帝の傍に立っていた。
「いやはや、間に合わないと思ったが……、よく、気が付いたね一の剣。お前が知らせてくれなければ、台無しだった」
「は……、ありがたいお言葉……。よもやと思いまして下界をよく覗いておりましたので……」
「天界で剣を振るったのはいつぶりか……ふふふ、慌てて馬車に飛び乗ったので、お前を剥き身で晒してしまったね」
「いえ、ありがたいことでございます」
そんなやりとりが天帝と一の剣で行われていた。芋虫のように床に落ちている陽来の、この惨状。まさか、と陽来は思った。
(まさか、天帝が俺の手足を斬ったのか?)
そんな、なぜだ。と思う間もなく、頭を抱えている紅花の前で、天帝は手足が完全に削がれた陽来をひょい、と持ち上げて。
にっこりと笑った。
「ああ……素晴らしい枕だ……善と悪、女と男、それに妻に会いたくて、触れたくてたまらぬと言う情欲……、おまけに狂気と正気。うまく保っている。偏りもなく……、良い匂いもする……これなら沢山良い夢が見れそうだの」
「それはよう、ございました」
「うん。いい素材だと思ってはいたが、まさかこれほどの物になろうとは……。我慢して待っていた甲斐があったようだ……」
そんなことを天帝達は言っている。
陽来の気持ち。
陽奏の気持ち。
紅花の気持ち。
人の気持ちなどおかまいなしで、まるで店で枕を買うような、気軽な気分で陽来を、おそらく天界へ連れて行こうというのだろう。
陽奏は慌てて天帝の傍に行き、用は済んだとばかりに陽来を胸に抱いて馬車に向かおうとする天帝を引きとめた。
「て、天帝様!陽来を、そいつをどうするというのですか!その男は蓮の国の……王になる男です」
「ああ、二の剣か。よく、やったな。お前のおかげであんなに偏っていたこの者が、素晴らしい調和の枕になった」
「まくら……?枕ってなんだよ、どういうことだよ!」
そう怒鳴って天帝につめ寄ろうとする陽奏の前に、一の剣が立ちはだかった。陽奏が見上げると、一の剣はこれ以上ない冷たい顔をして、ばしん、と陽奏の顔を平手で打った。
「この、出来損ないめ。やっぱりお前は出来損ないだ」
「に、兄さん」
「私は言っただろう。天帝様の真意を汲め、と。最初から天帝様は言っていたではないか」
偏りがなければ。手足がさっぱりなければ。良い枕になるのになあ。
天帝は、確かにそんなことを言っていた、と陽奏は思い出す。
では。
本来、二の剣がしなければいけなかった事とは、天帝の呟きに気が付いて陽来の男女の偏り、善悪の偏り。すべてを整えて、天帝のお気に召す枕に仕立てあげる事だったのか。
そして、それに気が付かないまま、二の剣は。
天帝が望む枕の形に、陽来を仕立て上げてしまったと言うのか。
呆然とする陽奏。そして、目の前の兄と呼んでいた男はがっかりだよ、と言ってため息を漏らす。
「お前には心底がっかりしたよ。なぜ人間の肩を持つ。こんな低俗な生き物と家族ごっことは情けない。……そら、帰ろう、二の剣」
「兄さん……」
そう呟く二の剣、手を差し出す一の剣。
その後ろでは陽来が天帝の腕の中でもがいていた。あと少しで、紅花と触れ合えたのに。
諦めきれない、このまま、天界に連れて行かれるなど、御免だとばかりに暴れた。
「やめろ、離せ、離せ、行きたくない、俺は、紅花と、奏と、この国と……!」
「ふふふ、お前が妻に触れてしまえば満足してしまうだろう?悔いは残らない、と思ってしまうだろう?それではいけないのだよ。触れたくて、触れたくてたまらないのを我慢して、ようやく願いが叶う、その瞬間を奪うのが一番、良いのだ。我が良い夢を見れるのだ」
「ふざけるな!離せ、離せ、ああ、紅花……!」
「あなた……!どうして、どうしてなのです、天帝様!私の願いを叶えてくださったのではないのですか?私の夫を助けてくださったのではないのですか?」
紅花がそう言うと天帝は不思議そうにこう言った。
「願いは叶っただろう?お前の願いは、【陽来に一目会うこと】だったではないか」
「そんな……!」
紅花は、確かにそう祈った。
一目でもいいから、陽来に会わせてくれと、願った。
それは確かに叶ったのだ。
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