1 脅威

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1 脅威

 この文章を、いつどんな人が読むのか、わたしには分からない。けれど、わたしはできる限り正確に書き残していこうと思う。  新型ウイルスによる恐怖と混乱が、ようやくこの日本でも落ち着いたころのことだ。  人々はウイルスやマスクにわずらわされることはなくなった。首を長くしてワクチンを待つ必要もなくなった。一日の感染者や、亡くなった人が何人というニュースを気にすることもなくなった。  けれど、いつの間にかそれらの代わりに目に付くようになったのは、政治家や大企業のみにくい不正や、若者や初老の人たちの幼稚な暴走、集団同士の果てしない争い、そして――、目をおおいたくなるような凶悪犯罪や、原因不明の怪事件だった。  殺人や行方不明事件の数は、明らかに、そして日に日に増えていた。けれども、そのことを気にかけている人はあまりいなかった。その原因を知っている人もほとんどいなかった。そして、事態に対処しようとしている者は、おそらくその時の人間の中には、だれ一人としていなかったのだと思う。  わたしの名前は愛花あかり。その時、わたしは中学二年だった。  アニメのヒロインみたいな名前だけど、わたしの性格はそういうのにありがちな、素直で明るく、だれにでもやさしいタイプとはぜんぜんちがう。この文章からも分かると思うけど、わたしは人に愛嬌をふりまけるような性格じゃあない。学校でクラスメイトとは話すけど、趣味やものの考え方が周りの子とはちがいすぎて、仲良しグループとか親友みたいなのは、もう中学に入ってからはできてない。多分みんなには、よく分からないカタブツだと思われてる。きらわれるまでは、行ってないと思うけど……。  だけどわたしは、友達ができないならできないで、別に構わなかった。強がりで言ってるんじゃない。テレビの話題でもり上がって、ネットのいやなニュースやスマホアプリに夢中になって、チェーンのカフェのお菓子や飲み物でお腹を満たすような、そんな時間をいっしょに過ごすような友達なら、悪いけどわたしはいらない。  面と向かって口には出さないけど、今挙げたようなことは全部、わたしにはどうしても、下らないと思えてしまう。みんながみんな同じようにそうしているのを見ると、世の中全体がおかしくなってしまっているんじゃないかと、そんな風にさえ思ってしまう……。  ちなみに早めに書いておこうと思うけど、この文章は、最後にはわたしが他人に心を開いて、みんなと仲良くやれるようになるとか、そういう話ではぜんぜんない。わたしがこれからそういうことを望むこともないだろうし、例えわたしがそんな風に願っている女の子だったとしても……、この世界はもう、そういう望みがかなうような場所では、なくなってしまったのだとわたしは思う。
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