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わたしはそれまでてっきり、人間がバーバリアンになるのは、だれかが時々偏頭痛になるようなものかと思っていた。それがまさか、伝染病に近いというのだ。ププは真剣な表情でうなづく。
「……残念ながら、真実だ。何をすれば移るかということも、大体分かっている。基本的には噛みつかれるなどして、やつらの血や唾液がふつうの人間の体内に入ることで、人はバーバリアンに変化するんだ。けれども言ったように、病原体らしき物は何もない。まるでやつらの血や吐息に、魔力でも宿っているかのようなのさ。一説では儀式や特別な呪文によってもバーバリアン化すると言われているけど、あくまで仮説の域を出ない」
わたしは恐ろしさでふるえていた。人食いの怪物が、人に伝染する……。しかもバーバリアンは、正体をかくすのだ。もしかしたらこの世界は、文字通り人知れず、すでに彼らであふれかえっているのかもしれない……。
「ならっ……、ワクチンはっ? バーバリアンがウイルスみたいなものって言うなら、免疫とかはっ?」
わたしは立ち止まったまま、いたたまれない声で質問した。
「感染者の症状をおさえて回復に向かわせる、『抗ウイルス薬』としてのものなら、それこそが、戦士の浄化の力だ。けど、ワクチンに対応するものは、あるとは言えない……。ああ、だけど、バーバリアンに、なりやすい人間となりにくい人間は、いる」
ここでププは表情を暗くして言う。
「なりやすい人間……、というより、すでにそれが、バーバリアンの第一段階と言えるのかもしれないが……。それは、こういう種類の人間だ。……他人やみずからの運命に対する恨みつらみをくすぶらせ、心を閉ざして自分の安穏な世界に閉じこもる者……。にもかかわらず、他人と自分が同じであることを好んで人と群れ、すぐれたものや異質なもの、さらには歴史や先人を敵視する……。自意識は過剰だが想像力や向上心はなく、身勝手で、感情も欲望もおさえようとしない。かといって生存本能や感覚がするどいわけでもなく、刺激を求めてばかりいる。また、その言動には責任という概念がなく、平気で嘘をついたりポイ捨てをしたりもするんだ。……一方、今言ったような性質から遠い人間は、バーバリアンにはなりにくいということが分かっている」
わたしは食い入るようにププの説明を聞いていた。やがて彼が言葉を止めた時、わたしは思わず、
「なるほど……」
と言ってしまった。なぜならわたしは数年前から、今ププが言ったような特徴の人々が、世の中に大勢いることに気づいていたから。そしてそういう人たちに対して、わたしは自分とはまったく相いれないと感じ、いつも嫌悪を覚えていたからだ。
けれども妙になっとくしていたわたしは、ここでふたたびうろたえて言った。
「あっ……。それじゃあ状況は……、相当悪いんじゃない……? 今のこの世界は、上から下まで、前者の人たちであふれてる……! バーバリアンに、『なりやすい』だけならまだしも……。もし、それがやつらに『変わりつつある』状態だっていうなら……!」
ププはくちびるをかみしめた後、悲痛に顔をゆがめて言った。
「……そうかもしれない……。ボクも、ここへとやってきたものの、来るのが遅すぎたということもあるかもしれない……」
わたしはここでようやく、彼が何者なのかということが気になって、こんな風に言った。
「……あなたは、この世界をなんとかするために、バーバリアンと戦う戦士を、見つけに来たということ……? あなたはいったい、何者なの? 今さらだけど……。あなたはどういう所から来たの? あなたの世界も、バーバリアンが増殖して……、それで、どうなったの……? いったいどうして、よその世界に……」
すると彼は、どういうわけか気まずそうにして答えた。
「ボクは、その……。ええっと、説明しても、理解できないんんじゃないかな? ボクはこことはちがう、遠い世界から来て……」
そこまでは前から聞いている。わたしはいぶかしげに見つめたが、ププはいっそう早口で言った。
「そうっ、その世界はバーバリアンが増殖した結果、やつらにほとんど完全に支配されてしまったんだ。戦おうにも、もはや戦士を見つけることさえ不可能になってしまった。だからボクははるばるここまで来て、戦士になってくれる人間を探していたんだ……! この世界にもすでに、やつらが現れ始めていることは分かっていた。戦士を見つけてこの世界でやつらをたおし、そしてボクのいた世界を変えてもらう……。そうっ、だからこそキミにっ、戦士になってほしいんだっ……!」
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