13人が本棚に入れています
本棚に追加
そこまで言うと、わたしはだまりこくり、一方ププも言葉を失っていたため、二人の間には重苦しい沈黙が流れた。
けれどもやがて、ププは表情をゆがめ、声をふるわせぎみにして、わたしに言った。
「……そんなに、ひどいできごとがあったとは……。キミの気持ちは、察するにあまりある……。愚かな人たちを、憎むのも無理はない。けどっ……」
「勘ちがいしないで」
わたしはさえぎって言う。
「当時はたしかに、その人たちを憎んだ。けどそういう、憎んだり恨んだりっていうのは、もう過ぎたの。結局同じような人間が、世の中の大半を占めてるんだって気づいてからは、わたしはただ、彼らと自分を、あわれに思うだけ。それから自分や家族が悪影響を受けないように、なるべく関わらないよう努めるだけ。幸いわたしの家族は、みんな真っ当だから」
ププはちょっと言葉をのみこんでから、ふたたびわたしに言った。
「だけどっ……! 分かるだろうっ? このままバーバリアンが増え続ければ、まだいるまともな人間が、キミの家族やキミ自身が、命の危険にさらされることになるんだっ!」
わたしはここで、ふたたび家に向かって歩きだすと、肩ごしにププに言った。
「それは論点をそらしてる。わたしや家族が危ないことは、身にしみて分かってる。けど、このわたしが戦士になって戦う理由にはならない。他のだれかが、あいつらを退治してくれれば解決する話」
「でもっ……。そのっ、おばあさんの、無念を晴らすことになるんじゃないかっ? キミがキミ自身の手でっ、バーバリアンを浄化していけばっ……!」
ププはこんな風に食い下がったけど、わたしはいらだちながら言った。
「一応聞くけど、その浄化とやらで、バーバリアンはどこまで『まとも』になるの? 姿が人間にもどったとして、人格までころっと変わるの? わたしはかなりあやしいんじゃないかと思う。わたしの同級生、つまり中学生でも平気でポイ捨てをするやつはいるし、小学生の時から嘘つきの子はいた。どうしてそうなるのか、わたしには分からない。でも、そういう人たちの根っこは、かなり深いんじゃない? わたしがいくら頑張ったって、そういう人たちはほとんど減らせないんじゃない?」
ププは苦しそうに表情をゆがめた。図星だということだろう。わたしは声の調子を落として、彼にこう言った。
「……わたしはわたしなりに、できる限り家族に用心させる。バーバリアンからも、その予備軍の人たちからも……。だからあなたは、早く他の候補者を探して。もっと、博愛精神を持った人を……」
ププはまだ何か言いたげだったけど、そうこうしているうちに、わたしの家のあるあたりが、ようやく街灯に照らされて見えてきた。わたしは思わず表情をゆるめて息をつき、それからななめ後ろを付いてくるププに言った。
「あそこに見えるのが、もうわたしの家。……ここまでだね。たのみを聞いてあげられなくてごめんなさい。……わたしの方では、あなたにいろいろ教えてもらえて良かった。頑張って、いい人を見つけて。わたしたちのためにも……」
と、その時だった。後ろを向いたわたしの視界のはしに、あの化け物、わたしが投げ飛ばしたあのバーバリアンが、ふたたび姿を現したのだ……!
「出た……! やっぱり、追われてたのっ……?」
わたしは低い声でつぶやいた。ププもとっさにふり向く。バーバリアンは化け物の姿のまま、二百メートルほど向こうをゆっくり歩いてくる。一方で、わたしの家までは、もう百メートルくらいだ。
(……ぎりぎり、助かった……。家に入っちゃえば、さすがに手出しはできないでしょ……)
わたしはそんな風に思った。やつはわたしより足が速かったけど、百メートル五秒とかいう速さではない。けがをしていればなおさらだ。これだけはなれていれば逃げ切れると思った。
わたしは後ろを気にしながら、早足で家を目指した。けれども間もなく、ププはバーバリアンの方を見ながら、うろたえてこう言った。
「……まずい……。すっかり回復してるようだ……。あの形相……、明らかに、キミに恨みをいだいている……!」
たしかに改めて見れば、バーバリアンは足取りもしっかりしており、またその目鼻の周りの赤い隈取りも相まって、表情は怒りそのものだった。先ほどまでのような、うすら笑いの雰囲気は感じられない。
「……大丈夫。あいつが走りだしてからわたしが走っても、充分間に合う。うちはすぐそこだもん……」
わたしは言ったが、ここでププはどなるようにして言った。
「さっきのあいつはキミをもてあそんでただけだっ! 本気のやつらはあんなものじゃあっ……!」
最初のコメントを投稿しよう!