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その時だ。バーバリアンは低く短くほえたかと思うと、こちらに向かって猛然とかけだしたのだ。ププが言った通り、次の瞬間には、先ほどと比べものにならないスピードと殺気だということが分かった。わたしはすぐさま走りだしたが、その差はみるみるちぢまっていく。ププがまたわたしに向かってわめいていたけど、わたしには聞く余裕はなかった。
「ハァッ……! ハァッ……! わたしの家っ……!」
わたしはついに家にたどり着き、形ばかりの小さな門を押し通ると、すばやくそれに鍵をかけた。と言っても、それはよくある、指でひねるだけの鍵で、柵の上から手を伸ばせばだれでも開けられるのものだ。少しでも敵がもたついてくれることを期待したのが半分、もう半分はただ習慣で鍵をかけてしまっただけだった。
続いてわたしは家の鍵をドアに差そうとしたものの、あせってしまってなかなか入らない。ププがわたしの頭の上で何か言っている。その時。
チャッ!
ようやく鍵が鍵穴に納まり、わたしは大急ぎでドアを開けた。すぐさま体を回して家の中にすべりこむ。バーバリアンがうちの敷地までたどり着いたのが見えた。次の瞬間、バーバリアンはジャンプして軽々門をこえ、二とび目でこちらにとびかかってきた!
バダァンッ!
わたしがなんとか閉め終わったドアに、バーバリアンはまともにぶつかった。ものすごい音を立てたものの、鉄のとびらをやぶる力はないらしい。わたしはすぐさまドアに鍵をかけ、靴のまま玄関を上がった。
見れば窓のシャッターは下りている。すでに暗くなっていたのが幸いした。おそらく弟が閉めてくれたのだ。これほど弟がしっかりして思えたのは初めてだ。
「姉ちゃん? なんなの、今の音……」
その弟が二階から顔をのぞかせてたずねた。妹の声も聞こえる。
「大地っ! 華っ! 二階にいてっ! 下りてきちゃだめっ!」
そう言ったわたしの剣幕に、弟もただごとじゃないことは分かったようだ。うろたえつつも、彼は妹に声をかけに行った。
わたしは靴のまま、走ってリビングへ。一階のふつうの窓にはすべてシャッターが付いているが、一か所だけ、ふだんはシャッターを下ろさない習慣の窓がある。案の定、その時もそこだけは開いているのが分かった。
わたしは急いでそこのカーテンをはねのけ、意を決して窓ガラスを開けた。外のバーバリアンは音に気づいたと見え、次の瞬間、庭を回ってこちらにやってきた!
ガッシャッ!
「グワッ!」
伸ばしてきたバーバリアンの手を、わたしはシャッターで押しつぶした!
「このっ……! はなれろっ! はなれろっ!」
ガッシャッ! ガッシャァンッ!
一度目はぎりぎりの偶然だった。二度目はねらってシャッターをたたきつけ、そして三度目にバーバリアンは手を引っこめたため、シャッターは大きな音を立てて閉まった。
こうして、一階で出入口になりそうな所は、すべてふさがれたことになった。わたしは安心して大きく息をついたものの、すぐに敵が二階から侵入してくる可能性に気がついた。二階の窓にはシャッターはない。わたしは急いで階段をかけ上がった。
「なっ……! なんだこれっ!」
弟の声が、妹の部屋の中から聞こえた。わたしがそちらにかけこむと、弟たちが、窓ガラスの向こうに浮かんでいる小動物、ププの姿を見てぎょうてんしていた。わたしは小さく息をついてつぶやく。
「ププ。そうか、閉め出しちゃってた……」
わたしは先に別の窓のそばに寄って下をうかがうと、先ほどのバーバリアンが上を向いて、恨めしそうにうろうろしていた。今のところ近所の人が気づいた様子はないが、それでも一応敵は、引くべきかどうか迷っているように見える。そこでわたしはププのいる方の窓にもどり、さっと開いて彼を中に入れた。
「ふうっ! ありがとう。あれっきりキミとも終わりかと思ったよ……!」
そんな風にププがしゃべったのを見て、弟と妹は声を上げた。
「えええええっ!」
「しゃべれるのっ? 何これええっ!」
わたしは苦い顔をしながら、早口で言った。
「大地、華、さわいでる余裕はないの。これはフニクラの妖精みたいなもので、名前はププ。今外には、アニメとは比べものにならない、恐ろしい化け物がいるの。絶対に外に出ちゃだめ。窓も開けないように」
これを聞いて、小学一年生の妹はまたたく間に顔色を青くした。一方、小三の弟は半信半疑といった様子でわたしが先ほどのぞいた方の窓に近づくと、下にいたバーバリアンを見て声を上げた。
「うわぁっ! マジッ? 本当にっ、ほんとにモンスターみたいのがいるっ……!」
すがるような目でこちらを見る弟に、わたしは無言でうなづいた後、ププに向かって言った。
「ププ、えっと、弟の大地と妹の華。言ってなかったけど、わたしの名前はあかり。それであいつは、このままあきらめると思う? よじ登ってくる可能性はある?」
ププは声を落として言う。
「よろしく、大地、華、そしてあかり。バーバリアンなら、このくらいの家の二階に侵入することは可能だ。だけど見たところ、あいつは今、おそらくキミに反撃されることを恐れている。いや、恐れているというより、反撃されたら癪だ、くらいの感情だと思うが……」
幸い弟たちが静かにしているので、わたしはさらにププにたずねた。
「人に見られる可能性は、もう頭に血が上って考えてないのかな。あの姿のままここまで追ってきて……。もっとも、うちの向こう三軒両どなりは、ふだんあいさつもしないような人たちだから、こんな異常事態でも気にしないかもしれないけど」
するとププは苦しそうに表情をゆがめて言った。
「……それについては……、ボクは、非常にまずい可能性を考えている……。もしかしたらやつらはもう……、正体をかくす必要を、感じなくなったということかもしれないと……」
「どういうことっ……? それって……」
と、わたしがそう言った時だった。
「グゥオオオオオーーッ!」
家の外、道路に面した方向から、バーバリアンのものにちがいない、大きなさけび語が聞こえてきたのだ……!
「ヒィッ!」
「なっ、何っ? あいつっ……!」
妹や弟と共に、わたしも思わず声を上げた。ププがくちびるをかみしめたのが分かった。わたしが窓にかけ寄って見下ろすと、先ほどのバーバリアンは道の真ん中まで出ていて、両手を広げて今来た方向に何かアピールしている。
「まさか……」
わたしはつぶやきながら、窓を開けて身を乗り出し、道の向こうに目をこらした。ププも窓から飛び出して浮きながら見る。彼は言った。
「……やっぱり……。お仲間だっ……! 三匹、四匹……、続々と来る……! そこのやつがかみついたんだろう。肩や首に血のあとが見える……! 自分の回復ついでに新たにバーバリアンを増やして、群れでもってキミに復讐するつもりだっ!」
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