2 崩壊

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 すでに妹は泣きわめき、弟も身をふるわせてうろたえていた。わたしもよろめきそうになるのを必死でこらえて、ププにたずねる。 「仲間を……、増やしたっ……? まさかあいつは、意図的に同族を増やしたっていうのっ?」  ププは宙に浮いたまま、こちらを見て答える。 「……考えたくはないが、おそらくそういうことだろう。バーバリアンが増えるのは、やつらが肉を食った時に、たまたますぐには死ななかった人がなるとか、あるいは人間の姿の時の濃厚接触による、いわば偶然の結果だと思っていた。せいぜい、群れを好む無意識的な本能が、そうさせるのだと……。けど実際は、やつらはすでに、バーバリアンが移る条件に気づいているんだ……! だからこそ、正体を隠しもしなくなった。数の力を利用し始めた。すなわち、この世界ももう、バーバリアンたちの力の合計が、人類のそれを上回っているのかも……!」  わたしの顔からは血の気が引いていた。けれども間もなくわたしは、声を荒らげてププにふたたびこう言った。 「それならあなたは早く戦士を探しにいって! 一人でも二人でもっ……! あいつらがうちに上がってくる前にっ! 早くっ!」  弟たちが混乱した表情でわたしを見ているのが分かった。一方、ププは相変わらず悲痛に顔をゆがめてわたしのことを見る。その時だった。 「「グゥオオオオウォーーンッ!」」  バーバリアンたちがいっせいにほえた。見れば、やつらは最初の一匹もふくめて、道の向こうの先に集まっている。その数、五匹。 「今の、なんの音?」 「なんだなんだ?」  と、ここでさすがに近所の人たちもバーバリアンたちの大声に気づいたらしく、あたりはさわがしくなってきた。窓から顔を出す人もいれば、通りまで出る人もいる。もともと庭でゴルフや野球の練習をしていたらしい人も、ようやく手を止めて気にし始めた。  一方、五匹のバーバリアンは遠目でも分かるほど牙をむき出しにすると、わたしの家一軒にねらいを定めるのではなく、周囲の家々に向かって散らばって走りだしたのだ! 「嘘っ……! まずいっ!」  わたしの背筋が凍った。わたしは窓からこれでもかと身を乗り出すと、近所の人たちに向かって大声でさけんだ。 「中に入ってっ! 早く家に入ってくださいっ! そいつらは人間じゃないっ……! 外に出ちゃ危険ですっ! 雨戸も全部閉めてっ……」  しかしそう言っている間にも、バーバリアンは手近な家の敷地の中に、次々と入っていった。一方で、まだ距離のある、わたしの家の周りの人たちからは、こんな声が聞こえてくる。 「あら、なぁに? 変なこと言って……」 「うっせえな! どいつもこいつも!」 「なんだ、今の連中。いたずら? ハロウィンか?」 「うちらには関係ないよ。ねえ、晩ごはんまだ?」  わたしはめまいを覚えていた。見ればご近所の中には、野次馬に行く者の他、素振りの練習を再開したり、庭でバーベキューの準備をし始めている人までいる。さらには、こんな声まで聞こえてきた。 「愛花さんトコの上の子よ。あたしあの子、苦手」 「チッ。えらそうに、人に指図なんかして。こっちの好きにさせろよ」 「テレビの音、もっと大きくして!」 「大会近いから、今から走りこんでくる」 「ちょっと酒買ってくるから」  わたしがくちびるをかみしめていると、家から通りへと、人や車が新たに出ようとしているのが見えた。そして、次の瞬間。 「ヒギャッ……!」  どこかから恐ろしい悲鳴が聞こえたかと思うと、すぐにそれはとぎれてしまった。けれどもそれは一度ではなく、また別の声で、あるいは別の場所から……、おそらく別の住人や家庭から、次々と続けて聞こえてくるようだった。 「みんなっ、家に入ってっ! 自分の身を守ってっ!」  わたしは必死でそうさけんだが、その時向こうの家の一つから、バーバリアンが一匹飛び出したかと思うと、買い物に出ようとした車の前に立ちふさがったのだ。運転手や野次馬はぎょうてんしたにちがいないが、その人たちが行動を起こすよりも早く、バーバリアンは近所中に聞こえる大声で、こんな風に言ったのだ。 「オイッ、見ろヨッ! 表でスゲエことが起こってるゾッ! こんなの見たことナイッ! ミンナ出てきてるッ! グヒャヒャッ! スゲエスゲエッ! アリエナイィッ!」  まさかと思った。まさかこんな単純な文句で、人の心が動くものかと。けれども数秒後には、低くおさえられたどよめきの声と共に、近所の人々がわらわらと家から出てきたのだ。 「うわぁあああっ……!」 「ぎゃああああああっ!」  前後して、彼らより前から通りに出ていた人たちが、次々と恐ろしいさけび声を上げ始めた。周りの家に侵入していたバーバリアンが、ふたたび姿を現して、彼らにおそいかかったのだ。ある者はかみつかれ、ある者は張りたおされる。先の車の運転手は、ガラスごしに拳を突き立てられていた。  後から出てきた人間たちも悲鳴を上げて逃げ帰ろうとしたが、もう手遅れだ。道伝いに、あるいは家の垣根をこえて、さらにはとなりの屋根から窓に飛びこんで、バーバリアンが住人におそいかかる。
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