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やつらの数は、もはや五匹どころではなくなっていた。肩口や脇腹の赤いバーバリアンがいる。最初の五匹にかまれた人間が、すでに続々とやつらの仲間になっているのだ。
「お姉ちゃん……! 何っ? 何がどうなってるのっ……?」
「姉ちゃんっ! 外見せてくれよっ……!」
窓から外の様子をうかがおうとする妹や弟を、わたしは歯を食いしばって押さえつけていた。外のあまりにすさまじい光景に、わたしもすでに背を向けて、必死ではき気をこらえていた。
けれども目をそらしたところで、耳には人々の恐怖のさけび声と、バーバリアンの不快な笑い声が聞こえてきていた。そしてそれは少しずつ後者が音量を増し、前者はやがて消えていった。バーバリアンから縁遠い者は食われたり致命傷を負って息絶え、なりやすい者は次々にやつらの同族になるのだ。
つい今しがた、むごい仕打ちをしてきたその相手の仲間になるなんて、ふつうでは考えにくい。けれども新たに生まれた化け物たちの笑い声からは、どこかすがすがしささえ感じられる。わたしはこう思った。
(……まるで、晴れて自由の身になったみたいな……。こうなることを、ずっと望んでいたかのような……)
と、ここで急に、バーバリアンたちは静かになった。もはや逃げまどう人間の声はしない。わたしもププも弟たちも、今はもう息をひそめている。聞こえてくるのはカラスの鳴き声の他は、大通りの方の車の音と、どこかのテレビの音、そしてさびしい泣き声のような、木枯らしの吹く音だけだった。
わたしは恐怖をこらえながら、カーテンのすき間から外をうかがってみた。わたしの感じていた、悪い予感は的中した。
通りは、やつらバーバリアンであふれていた。その数、およそ百匹。人間の姿は見えない。少なくとも、二本の足で立っている人の姿は。そしてバーバリアンたちはゆったりとした足取りで、例によっておぞましいうすら笑いを一様に浮かべながら、そろって一か所に向かっている。彼らの視線の先にあるのは、この家だ。
下を見れば、すでに庭の門から敷地に入ってきている者もいて、やつらは家の周りに群がりつつあった。となりや向かいの家からも、バーバリアンになった人たちが、血にまみれた体のまま出てくる。わたしは思った。
(……そんな……。最初の一匹のわたしへの復讐を、みんなで成しとげようっていうの……? それとも、人間はすべて根絶やしにしたいの? それともひょっとして……、みんながみんな、わたしのことを、いけ好かない邪魔者だと思っているの……?)
間もなくバーバリアンたちは、わたしの家を取り囲んだようだった。やつらは寿司づめになって二階を見上げ、そのみにくく区別も付かない同じ顔をいっそうゆがめて、声を上げて笑い始めた。
(……これが人間の、成れの果て……。小さな子までいる……。結局このあたりの、ほぼすべての人が……)
こんな世界では、もういっそ、自分も化け物になった方が楽なのではないか……、と、そんな考えが頭をよぎりかけた時だった。わたしと同じく外をのぞいていたププが、外を見つめたまま、つぶやくように言ったのだ。
「……やっぱり遅かった……。この時代ではもう……、間に合わないんだ……」
わたしは顔をしかめて、彼にたずねる。
「……時、代……? 何……? その言い方……」
するとププは苦しそうに表情をゆがめて、わたしに向き直って言った。
「……キミを絶望させてはまずいと思って……、ボクは言わなかったんだ。けど、もはやこうなっては同じこと……。ボクは、未来の地球から来た、ロボットなんだ。こんな風にして地球全体がバーバリアンに埋めつくされ、一筋の光さえ見出せなくなってしまった時代。この世界の先にある暗黒の未来から、時をこえてやってきたんだ……」
わたしは息をのんだ。弟たちが混乱しながら、わたしとププを見ているのが分かった。ププはさらに言う。
「ボクが元いた時代には、人間はもう残っていない。人類の九割以上はバーバリアン化し、残りのまともな人間はやつらに殺された……。その中で、最後まで抵抗を続けた、一人の立派な科学者がいた。彼は研究の末に、バーバリアンをもどす方法を開発したものの、本人はすでに戦えないほど老いていたし、人間の生き残りを探すことはできなかった。そこで彼は自分の頭脳をコンピューターにダウンロードし、死後さらに長い時間をかけて、小さなタイムマシーンを創り上げた。そして人類の運命を託して、『戦士』を覚醒させるためのロボット、すなわちボクを、過去へと送りこんだんだ……!」
わたしは混乱しながらも、ププに言った。
「……あなたは、未来から……! 未来では……、人間は、バーバリアンに、乗りかわられて……、つまり、絶滅……! この先の、未来が……!」
わたしはくちびるをかんだ後、呼吸を落ち着かせてこうたずねた。
「……もし……、この時代でバーバリアンをおさえられたら……、未来の人たちは、救われるの……? ここから未来が変わる、可能性はあるの……?」
ププはしばらくだまった後、声を低くして答えた。
「……それは分からない……。歴史のゆれもどしがあるかもしれないし……、別の未来、つまりパラレルワールドが生まれるだけかもしれない。老博士が、果たして心に何をどれだけ思っていたのかは、コンピューターには残っていない。単なる意地の可能性もある。それに……、そもそも、この時代ももう、これでは手遅れだ……。この時代にひそんでいるバーバリアンや予備軍の数を、コンピューターは見誤っていた。百年か二百年、早く来るべきだったんだ……! この世界もすでに、やつらであふれ返っている。野蛮な時代は、すでに来ている。この世界はもう、その真っ只中にいるんだ……!」
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