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生きものがそう言ったのを聞いて、わたしは後ろをふり返った。たしかに化け物の姿は見えない。その時ちょうど広い公園の裏口のような所に差しかかって、わたしはその植えこみの向こうに身をかくし、ようやく大きく息をついた。
「ハァッ……! ハァッ……! 助かった……? ほんとにっ……、なんだったの……」
「そうだププ! さっきボクにタオルをかけてくれたのは、キミだったのかププ? ありがとうププ! キミはやさしいププ!」
生きものはわたしの必死さをよそに、ほほえんで言った。わたしが置き去りにしたせいで化け物に食べられたりはしなくて済んで、そこはほっとした。けど、まさかその生きものが、しゃべって宙を飛ぶマスコットキャラだなんて……!
わたしは無理やり呼吸を落ち着かせると、顔を上げてその子に言った。
「ハァ……、フゥ……。まだ自分の目が信じられないけど……、聞くしかない。あなたは、何者……? ひょっとして、何か知ってるの? あの化けも……」
最後まで言わないうちに、その子は明るくまくしたてた。
「ボクの名前はププ! 大事な使命があって、はるばるここへやってきたんだププ。けれどもなかなかうまくいかなくて、疲れきっていたところに、ちょうどいい空き箱があったププ。そこで一休みしていると、何やらものすごいさわぎがするププ。気づいた時には、バーバリアンがだれかを追いかけていたププ! それがキミだププ! キミはやさしいし、とってもたくましいププ! キミならバーバリアンと……」
つまりこの生きものは、捨てられたペットですらなかったということだ。なら、この子を見つけた時のわたしの怒りとなみだは、まったくの見当ちがいだったわけで……。
でもそれはいいとして、今のこの話の流れは、小さいころから何度も聞いたことがある、あのパターンだということに、わたしは気づいていた。わたしはその先にいやな予感がしたし、もっと知るべきことがあると思って、その生きものを手で制するようにして言った。
「『バーバリアン』、って言った? あの、猿の化け物の名前っ?」
「そうだププ。キミなら、あのバーバリアンとたたか……」
彼の言葉を、わたしはふたたびさえぎってまくしたてた。
「あれは何なのっ? 信じられないけど、あれは妖怪っ? 悪魔っ? それともひそかに地球に来ていたエイリアンっ? まさかとは思うけどっ、異世界の存在じゃないでしょうねっ?」
するとププと名乗った生きものは、表情を暗くし、声を落として、こんな風に言った。
「……あの怪物は、妖怪でも悪魔でもないププ。宇宙人でも地底人でも異世界人でもないププ。あれは……」
わたしはここで、たまらず口をはさんでしまった。
「あのっ、悪いんだけど、その、語尾にいちいち『ププ』って付けるの、やめられない? 不自然だし、切羽つまってるんだから……!」
するとププは苦い顔をした後、鼻からちょっと息をはいて言った。
「……あの怪物は……、人間なんだ」
ふつうにしゃべろうと思えばしゃべれるらしい。だけど結局、重要なのは、彼の言った内容の方だ。
「人間っ……!」
おうむ返しに言ったわたしに、ププはこくりとうなづいた後、さらにこう言った。
「……正確に言えば、人間が変化したもの……。今この時、この地上に生きている人間が、分別と良心を失い、凶暴化した存在……! 憎悪と欲望、野蛮さの化身……、それが、あのバーバリアンだ……!」
わたしはうろたえて言った。
「人間がっ……! そんな……! それじゃああの化け物は、この風見台市で、昨日まではふつうに暮らしてた人の一人だったってこと……? それが、あんな化け物にっ……!」
するとププは、顔をしかめて言った。
「……昨日までふつうに暮らしていたかどうかは分からないし、放っておけば、これからも見かけ上はふつうに暮らしていく可能性がある……。なぜなら、やつらは人間の姿にもどることも、ふたたび変身することも、自分の意志で自由にできるからだ」
「なっ……! それじゃあつまりっ、人間のふりをした化け物が、すでにこの世界に何人もいるってことっ? あれには、理性もあるのっ?」
わたしの表情は青ざめていたと思う。わたしの質問に、ププはこう答えた。
「何をもって理性と呼ぶかはむずかしいけど……。バーバリアンには知能がある。やつらはずる賢く、正体と凶暴性をかくして人間にまぎれこむ。そうしてここぞという時にあの強靭な肉体に変化して、好き放題に欲望を満たすんだ」
わたしはふるえながらも、さらに彼に、こうたずねてしまった。
「……その、欲望って……? わたしさっき、今にもおそわれそうになった……!」
「……やつらの欲望のほとんどは、多かれ少なかれ、人間にもそなわっているものさ。食欲、性欲、破壊衝動、復讐心……。けれどもバーバリアンには、人間とはちがう欲求が一つある。やつらは……、人の肉を求めるんだ」
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