1 脅威

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 わたしの呼吸はふたたび苦しくなっていた。加えてこみ上げてくるはき気をこらえながら、わたしは声をふるわせて言った。 「人を……、食べるの……?」  ププはこくりとうなづいた。つまりあの化け物、バーバリアンは、人食い鬼と狼男が混ざったようなもの。自在に人の姿になれるというなら、そのどちらよりも、はるかに危険で恐ろしい存在だ。  わたしはそこで気づいた。ここ最近の残酷な殺人事件や行方不明事件は、そのバーバリアンが起こしていたのだと。それどころか、もしかしたらその他の、日々目に余るような犯罪や争いも、人間ではなく、人のふりをした化け物がやっていたのかもしれない。それが人間にとって、希望なのか絶望なのかは分からないけど……。 「……あんなに恐ろしいものが、この世に……、ううん、この町の中にいただなんて……」  わたしはそう言った後、間もなくさらに声を落として、ひとり言のようにつぶやいた。 「こうしちゃいられない……。すぐに家に帰らなくちゃ……! 大地と華によく言い聞かせて、お父さんお母さんにも知らせないと……。それから警察、マスコミにも連絡して……」  大地と華というのは、わたしの弟と妹のことだ。わたしはそこで顔を上げ、おそるおそる周りをうかがった。例のバーバリアンの姿は見えなかったものの、その時ププが、あわてたようにわたしに言った。 「キミッ、ひょっとして、このまま家に帰るつもりかいっ?」  わたしはこの時はもう、バーバリアンの存在を受け入れていた。いや、もっと言えば、そんな怪物がいたのだと知ったことで、それまで感じていた世の中の異常さについて、もっともだという風になっとくしてしまったのだと思う。すでにやるべきことも決まって、はき気やふるえも止まっていた。わたしはププに言う。 「……もちろん、帰るつもりだよ。相手はわたしのこと、見失うかあきらめるかしたみたいだし……。あっでも、先に警察に連絡した上で出ていった方が、安全かな……」 「そうじゃなくてっ、戦うべきだよっ……! キミならあのバーバリアンと戦う、せん……」  ププは顔をしかめて言ったけど、わたしの方でもそこで顔をしかめて、言葉をさえぎって彼に言った。 「ばかなこと言わないで。あんな化け物と戦えるわけないじゃない。自分は大丈夫って過信するのが、一番危ないんだから……。護身の基本は、まず危なそうな所に近づかないこと、次に大声を出す、そして逃げること。……そもそも今さらだけど、あなただって、いったい何者なの? わたしをだまして何かたくらんでるってことだって、ないとは言えない。現にあの化け物を見た後だから、あなたの話もそれなりに信用するものの……」  すると彼は小さな顔と体に怒りを表して言った。 「何者かってっ……! さっきからボクが肝心の所を言う前に、キミがさえぎってしまうんじゃないかっ! いいかい? ボクは使命があって、ここではない所から、苦労してやってきたんだ。その使命こそ、やつらバーバリアンと戦える『戦士』を見つけ出すこと! さっきも言ったけど、キミはやさしいし、たくましいし、判断力もある。キミなら戦士になるのにぴったりなんだ……!」  わたしは顔を引きつらせていた。このいかにもな小動物がしゃべりだした時から、わたしは『もしかして』と思っていた。生きるか死ぬかの状況なのに、話の流れが、まるで女児向けのヒーローアニメのようなのだ。わたしは大きくため息をついて、そのマスコットキャラに言う。 「ハァ……。フニクラじゃあるまいし……、どうしてわざわざ、女子が戦わなきゃいけないのよっ。たしかにわたしは合気やってるけど、合気道は争わないで済ませるための武道だしっ。戦いだったら白鵬とか井岡とか、それが無理でもふつうに考えて、警察や自衛隊にたのんだ方が、ずっと確実でいいじゃないっ」  まくしたてたわたしに、ププは辛そうな表情を向けて言う。 「……それには、理由がある……。やつらと戦う戦士になるには、心の純粋さが必要なんだ。……人は年を取れば取るほど、その純粋さを失ってしまう。大人ではだめなんだ。かといって、幼なすぎては、戦いに必要な判断力や精神力が足りない。また、男子と女子では成長のしかたがちがう。純粋さと戦う力、両者のバランスが最も良くなるのこそが、十三歳前後の少女なんだ……! 体力や筋力なら、戦士になりさえすれば大はばにアップする。だけどやつらと戦うのに何より大事なのは、元の人間の内面なんだっ……!」
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