1 脅威

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「だからっ、言っただろうっ? やつらには分別も良心もないんだっ……!」  ププはわたしの手をはなれて、飛びながらわたしに言った。二言目には、伝説の戦士になれと言うのだろう。だけどわたしには、どうしてもそれがためらわれた。変身したところで、本当にこの化け物をたおせるのかも分からない。変身している間にやられる可能性だってあるし、やっぱりわたしじゃ変身できないという可能性もある。他人の言葉をうのみにするわけにはいかない。  追われるわたしと追うバーバリアンは、木立の中の上り坂をかけ上がっていた。この公園はもともと、夕方以降はほとんど人がいなくなる所だ。けれどもここを横切れば、大通りに出られる。わたしはそういうつもりだった。  でも考えてみれば、例えだれかが現れたとしても、いきなりこんな化け物を目の当たりにしたのでは、腰を抜かしてしまうに決まってる。わたしはその前に、変質者としてのこの男に相対したからこそ、なんとか体が動かせたんだ。  わたしは歯を食いしばってから、低い声でププに言った。 「警察に……、連絡して……! できる限りの人数で来てって……!」  そうは言ったものの、警官だって同じかもしれない。化け物相手に、すぐ反応できるか分からない。銃があっても撃つまで手間取るかもしれないし、そもそも銃が効くのかも分からない。 「キミはっ……!」 とププが言いかけたところで、わたしは公園の林を抜け、広い道路の脇の歩道に出た。すでにあたりはかなり暗くなっていて、歩行者はいない。敵に理性がないと分かった今となっては、そちらの方がいい。わたしは車道にかけ寄って、車に向かって大声で助けを求めた。 「お願いっ! 止まってっ! 助けてええっ!」  わたしは車に乗せてもらおうとしたのだ。けれどもその道では、ふだんから車は猛スピードを出している上に、街路樹が角度的にじゃまをして、わたしがどんなにアピールしても、一瞬で運転手の目から消えてしまうのだろう。要するに、止まってくれる車は一台もなかったのだ。車道にまで飛び出せば気づいてもらえるかもしれないが、その途端にはねられてしまうかもしれない。  わたしのねらいは、失敗だ。バーバリアンはわたしに遅れること十数秒、林を抜けて歩道へと出てきた。わたしはふたたび走りだす。  すでにずきずきと痛む足で、わたしは坂道を下りながら思った。 (もうすぐ……、もうすぐだ……!)  わたしは考えていた。左手に広がる公園は間もなくとぎれて、その先は大きな店が固まっているんだ。やがてププも前を見て言った。 「人だっ……! あそこの人たちに、助けを求めるつもりかっ? けどっ、バーバリアンはもうすぐ後ろだっ……!」 「ハァッ……! ちがうっ……!」  わたしは必死であえぎながら言う。 「他の人をっ、巻きこめないでしょっ? こんなっ、食われるかもしれないのにっ……!」 「キミは……! キミはひょっとしてっ! さっきからバーバリアンを、自分だけに引き付けようとしてっ……!」  ププはショックを受けたように声をもらした。正直に言って、わたしはほとんどずっと、自分と自分の家族の安全のことしか考えてはいなかった。けれども実際に化け物が人々をおそいまくるかもしれない状況がせまって、さすがにそれはさせたくないと思っただけだ。  間もなくププは、すがりつくようにわたしに言った。 「でもいったいっ、どうするつもりだっ? やっぱりキミこそっ、戦士にふさわしいっ! お願いだっ! キミのためにも他の人のためにもっ……、戦士になって戦ってくれっ!」  けれども、その時だった。左手に見えていた公園の木々がぱったりと消えて視界は開け、道は用水路にかかる橋になった。背後には、バーバリアンの足音とうすら笑いが、もう手の届くほどにせまっているのが分かった。  わたしはそこで急ブレーキをかけ、すばやく後ろをふり返った。目の前にいた化け物は一瞬おどろくような表情を見せた後、すぐに満面の笑みになって、わたしの首に猛然と右手をかけようとした。次の瞬間――。 「ハァッ!」  わたしはさけび、伸ばした化け物の腕を左手でつかんで、同時に体を左にひねり、右手で相手の頭をすくうようにして投げ飛ばした! 「グァッ……!」  ねらった先は橋の欄干の向こう。わたしはバーバリアンを宙に放り出し、その下の用水路に落としたんだ!  ドザッ!  この時、十一月。稲刈りもとっくに終わって、しばらく雨もなく、用水路には水はない。化け物は、三メートルは下のコンクリートに、まともに打ちつけられたはずだ……! 「ハァッ……! ハァッ……!」  わたしは肩で息をして、くずれるように地面にへたりこんだ。 (……やった……! やった……! 一か八かの……)  そこでププが目を丸くして、度肝を抜かれた様子で言った。 「キミッ……! まっ、マジかっ! あのバーバリアンをっ、変身もせずにっ! なんなんだっ! なんなんだいったいっ……!」  わたしはまだ必死で呼吸していたけど、なんとか顔を上げてププを見ると、少し笑ってこう言った。 「ハァッ……、ハァッ……。今のは、一か八かの……、変形入り身投げ……」
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