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2 崩壊
日は沈み、町に夜が近づきつつあった。
車道を止めどなく車が通りすぎていく脇で、わたしとププはしばらく言葉も発さず、それぞれに気持ちを落ち着かせていた。そうしてわたしの頭も冷静になってきたところで、わたしはみるみるうろたえて言った。
「うっ……、あっ……! まずいよっ! バーバリアンはっ……、人間、なんでしょっ? わたしっ……」
われながら今さらだとも思うが、必死で逃げている間に、そのことが頭から抜けていたのだ。化け物をたおすにはここから落とすくらいしかない、と、最後はそれしか考えていなかった。だから例え化け物が宇宙人か何かだったとしても、落とした後にどんな状況になるかも考えなかったし、わたしが殺人罪に問われるかもしれないなどとも、まったく考えていなかった。
わたしは地面に手を突いたまま、おそるおそる橋の下をのぞこうとしたが、できなかった。どんなに悲惨なことになっているのか、たしかめる勇気がなかった。
だけどそこで、ププはちょっとわたしを見すえた後、ふわりと浮かんで欄干の上に立ち、わたしの代わりに下をのぞいた。
「……やっぱり……。いないよ。すでにあのバーバリアンは、逃げたみたいだ……」
ププがそう言ったのを聞いて、わたしは思わず飛び上がるように立ち上がり、欄干にかけ寄って用水路を見回した。
「……ほんとだ……! この高さで、コンクリートにたたきつけられたはずなのに……! 無傷なのっ? いったいどういうことっ? ひょっとして、あいつらは不死身なの……?」
するとププは顔を引きつらせて、わたしに言った。
「……いや、やつらは不死身というわけじゃない。血へどのあとも見える。たしかにダメージは受けているはずだ……」
血へどというのは自分では気づかなかったが、改めて確認するのはやめておいた。ププは続ける。
「けど、バーバリアンの頑丈さと生命力は、人間とは比べものにならないんだ。このくらいのダメージなら、すぐに治ってしまうだろう……。加えてやつらは全般的に感覚がにぶく、痛みがあるはずでもお構いなしで暴れられる……」
わたしの表情は青ざめていたはず。それからわたしは、声を荒らげてププに言った。
「そんなっ……! それじゃあすぐまた、あいつはわたしや他の人をおそうってことっ?」
言い終わってから、わたしはびくびくと周りを見回した。ププは低い声で言う。
「……それは充分にありえる。さっきので受けたダメージの回復具合や、あのバーバリアンの性格にもよるけど……、基本的にはやつらは執念深く、復讐心が強い。だから、事ここにいたった今、もっとも危険なのは、キミだ」
わたしは息をのんだ後、くちびるをかみしめた。それからわたしは体の向きを変えると、小走りでかけだしつつ、スマホを出して操作し始めた。
「キミッ……?」
ププがあわててわたしの後を追って言った。わたしは不きげんそうに、彼にこう言った。
「また『伝説の戦士になれ』って言うんでしょっ? けど今のうちに、まずは警察に連絡すべきだよ。パトロール増やしたり、防災無線で住民に警告しなきゃ……!」
こうしてわたしは家へと急ぎつつ、警察に事情を説明した。……が、案の定と言うべきか、警察はわたしの話を、真剣に聞いてはくれなかったようだった。わたしもまさか、人間がマンドリルになって食べられそうになったなどとは言えないし、あいまいにしか説明できない。実際に出た被害はわたしのすり傷くらいだし、彼らにとっては痴漢以下なのだろう。なんとかパトロールすると約束させたが、住民にとってどのくらいプラスになるのか分からなかった。
電話を終えてわたしが肩を落としていると、ププが言った。
「……分かっただろう? バーバリアンを無力化し、やつらから人々を守るには、キミが戦士になって戦うしかないんだ……!」
わたしはふたたびくちびるをかんだ後、歩きながら彼にたずねた。
「……その、戦士とやらになって戦ったら、あいつらはどうなるの? やっぱり……、死なせるの? それとも元の、ふつうの人間にもどせるの?」
ププは静かにほほえんで答える。
「殺す必要はない。浄化するんだ。戦士の発する、精神エネルギーを利用して。そうすればバーバリアンを、凶暴化する前の人間にもどすことができる」
わたしはちょっと苦笑いだ。
「なるほど、『浄化』ね……。そもそも……、聞きそびれてたけど、どうして人間が化け物になるの……? 原因は? 悪霊みたいなものに、取りつかれてるの? それともだれかが人体実験をしたり、信じたくはないけど、魔術や超能力をかけたとか……?」
ププは首を横にふる。
「……いいや。悪霊につかれたのでもなければ、薬品や放射線や、ウイルスで変化したのでもない。魔術などというものをかけた者も、いないはず。そういうのでないことはたしかだ。……けど……、はっきりした原因は、分からないんだ。どんなに高性能のスキャナーや顕微鏡を使っても、バーバリアンから病巣も病原体も見つけられない。やつらの増え方は、ウイルスによる感染拡大に非常に似ているにもかかわらず……」
彼は何気なく言ったが、わたしは最後のところにおどろいて、足を止めて声を上げた。
「ちょっと待ってっ……! あれが、『増える』って言ったっ? ウイルスみたいにっ? どういうことっ? 本当なのっ?」
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