第十一話 美貌の校長は星空に船を出す

1/1
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

第十一話 美貌の校長は星空に船を出す

「……ここは?」  格納庫のような場所を想像した私は、周囲の風景に思わず目を瞠った。私たちが招待されたのは古いお屋敷の玄関ホールを思わせる空間だった。 「校長室は二階だよ、モモちゃん」  彩智はゴンドラを飛びだすと、吹き抜けのホールをとことこ歩き始めた。私はカーペットの敷き詰められた床に靴のまま降りると、改めてホールの中を見渡した。  壁には謎めいた肖像画がいくつも掛けられ、燭台風の室内灯が並んでいた。彩智はホールの奥に階段の前で足を止めると「こっちだよ」とわたしに向かって手招きをした。階段は中二階風の廊下に続いており、廊下に面した壁にはさらに奥へと通じるドアが並んでいた。 「ここ……本当に飛行船の中なのかしら」  私は覚束ない足取りで階段を上がりながら、とんとんと可愛らしい音を立てて上がってゆく小さな背中を見つめた。 「このお部屋が校長室です。……えへん、一応、ノックするのがレイギです」  彩智はそう言うと、ドアの下の方をコンコンとノックしてみせた。するとドア越しに「どうぞ」という男性の物らしき声が響いた。 「彩智です。見学の子を連れてきたので入りまあす」 「ようこそ、入りたまえ」  良く通る声が再びドア越しに響き、私は彩智に促される形でドアを押し開けた。奥の空間に足を踏みいれた私は次の瞬間、浮世離れした眺めに自分の目を疑った。彩智が『校長室』と呼ぶその部屋は、一見すると古めかしい書斎そのものだった。  天井まである作り付けの書棚や巨大な地球儀、壁から覗く剥製の首と骨とう品級の大きな机。だが、普通の書斎にはないものが、一つだけあった。それは机と背後のカーテンとの間にある円盤型の物体――船の舵輪だった。 「ようこそ我が探偵学校へ。僕が当探偵学校の校長、月守鏡馬(つきもりきょうま)だ」  振り向いて私にうやうやしく一礼してみせたのは、日本人離れした端正な顔の青年――いや、少年か?――だった。 「あ、あの……」 「見学をご希望とのことだが、どうかな、初めてこの『空とぶ探偵学校』を見た感想は」  タキシード風のスーツに身を包んだ鏡馬は机の前に来ると、私に向けて問いを放った。 「ええと……夢の中に迷いこんだみたいです」 「いい答えだね。その通り、まさにここは夜の夢、人々の真の夢を集めた天界の学校だ」  鏡馬は言葉の通り夢見るような表情で言うと、満足げに頷いてみせた。 「それではまず名前からうかがおうか、見学者君」 「一条百花と言います。デパートの地下食料品売り場でアルバイトをしています」  私が遅ればせの自己紹介をすると、鏡馬は「地下か。つまり彩智君の子分ということだね」と微妙に失礼な感想を口にした。 「子分かどうかはわからないですけど……」  私が控えめに抗議すると、鏡馬は「ところで謎は持参してきたかい」と突然、意味不明の問いかけを口にした。 「謎?」 「そうだ。我が校では面接の代わりに何か一つ、魅力的な謎を披露することになっている」 「ええと……」  いきなり問われ、私は慌てて記憶を弄った。最近の謎と言えば、あれしかない。 「実は、絵にまつわる謎が一つあるんですが……」  私は『もう一枚の絵』にまつわるエピソードを、最初から順を追って鏡馬に話した。 「絵か。……面白い、僕も絵にはこだわりがあってね。これは解きがいがありそうだ」 「解きがいがある?」 「しかも今の話だけですでに、謎を解くのに必要な材料がすべてそろっているじゃないか。それじゃあ、最初の授業に移る前に、素晴らしい夜の航海を楽しんでもらうとしよう」  鏡馬は私たちを大きな出窓の前に誘うと、「出港!」と言っておもむろに背後のカーテンを開け放った。 「わあ――」  窓の外に広がった夜空と街の夜景に、私は思わず声を上げた。 「見たまえ、あの地上のきらめきを。あのひとつひとつに日々の営みがあり、ドラマがあるのだ。さあ、久々の見学者のために特別のナイトクルーズを提供しよう。この『ペーパームーン号』に乗って天と地のあわいを征くということはすなわち、天空の輝きと地上の宝石を同時に堪能するということでもあるのだ」  鏡馬はよくわからない口上をひとしきり口にすると、傍らの舵輪を回転させた。              〈第十二話に続く〉
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!