病はどこからやって来たのか?

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「ああ、君が思ってるより、実際はその蟲は強くない。お祓いが薬による治療なら、俺は外科手術だ。君の体から蟲だけを抜き出した。もう完全に終わりだよ。ニコマートのミラーも上がってる。何も見えない」 「何が見えてたんですか!?」 「君の体を貫く、巨大なサナダムシ」 「サナダムシ? 弱いんですか?」 「ああ。悪霊としてはね。人間に危害を加えるが、悪意はないから。だから、霊となった鈴香さんにも捕まえて入られた。でも真美ちゃんの口から体内に完全に入って寄生虫化ししまうと、霊の鈴香さんにはもうどうしようも無いから、それを防ぐ為に霊体に近いままである時に捕まえてた。小さいと言っても子供の口がいっぱいになるくらいの蟲が入っていたから、真美ちゃんは声が出せなくなっていたのさ。まあでも、あのままじゃ鈴香さんの力が尽きれば、やばかったけど。真美ちゃんに取り憑いたのが特大サイズのアオダイショウなら、君に付いてた蟲はまあ特大サイズのアナコンダって感じかな? 山根鈴香さんに感染した分、成長したんだろうね。もう体を貫いて出てたよ。完全に君に取り憑いてた。今後、何かあるようなら直ぐに連絡をくれれば良い。きちっと携帯代は払っとくよ。つか、メールくれたらパソコンにも届くから、メールくれたら良かったんだ。家に居たら必ず1日1回は確認するから」 「……あ、はい。今度からメールにします。——あの?」 「何?」 「あの橋の下の大蛇も?」 「あの時、君も見てたの? ああ、俺だよ。このカメラは霊を捕らえられるんだ。使えるのは、俺だけだけどね」 「どうやって捕らえるんですか?」 「写して写真に封じ込める。カメラ自体はニコンの古い一眼レフカメラだよ。霊が居るとミラーが下がるのさ。それでシャッターを切る事で捕まえる。写真の前では、被写体は全て等価だ。どんな霊も捕まえられる。捕まえた後は、フィルムを日光に当てて感光させれば消滅する」 「あの大蛇も霊なんですか?」 「うん。まあ霊というか、神様というか」 「あれが黒蛇様なんですか? あの時、ニシキヘビ? とか言ってた気がするけど?」 「あれはニシキヘビの霊が、長い信仰で神化した物だ」 「頭についてたのは?」 「あれは現代の少年の霊だね。霊ってのは肉体を持たないから、時に融合してしまうんだ。まあお互いに自我がきちんとあったりしてれば、普通の霊同士ならあまりなら無いけどね。両方特殊だったのさ。一体は低級な神で、もう一体は自我が崩壊していた」 「消滅させたんですか?」 「ああ。放置する訳にもいかない感じだったからね。あれだけの人の目に見えたり、川の水とか自然に影響を与えるようになると、霊の意思と関係なく周りに障りを及ぼす事がある」 「障り?」 「簡単に言うと、霊による害さ」 「なるほど。でもなんで、日本にニシキヘビの霊が? あの祠の伝説は——?」 「調べたら、此処から30Kmくらい上流にある、川沿いの大きなお寺で昔にニシキヘビを飼ってた記録があった」 「そんなの聞いた事ないです? いつですか?」 「江戸時代末期くらいかな?」 「そんな昔に、ニシキヘビが? まさか?」 「いや別に珍しい事じゃない。江戸時代に日本に象が来た話を知らない? 八大将軍吉宗の命令で江戸に象が連れてこられた。享保13年、1728年の事だ。1603年から1868年までが江戸時代だから、江戸時代の真ん中くらいかな? ベトナムから連れて来たそうだ」 「その時代にベトナムから!? 象をっ!」 「欧米には鎖国してたけど、現代人が思ってるより、当時の日本は他のアジアの諸国とは海外貿易は盛んだったんだ。象以外にもラクダ、ヒクイドリ、虎、ヒョウなんかも来てる。見世物やペットにする為にも他にも動物は入ってる。今では日本のイメージが強い、錦鯉や金魚も実はそうだ。ニシキヘビはインドネシアやフィリピンなんかの東南アジアにも居るから、入って来ててもおかしくない。沖縄の三線(さんしん)蛇皮線(じゃびせん)と呼ぶ事もあるけど、あの皮がニシキヘビの皮だよ。三線は江戸時代より前からあるそうだ」 「そのニシキヘビが大蛇伝説の大蛇の正体なんですか?」 「多分ね。ニシキヘビとは言ってないけど、お寺の人間も知らない古い文献には、薄い網目模様のある黒い大蛇ってあったから、多分ニシキヘビの変異体だろうね? ニシキヘビは黒くないから。——その大蛇を飼ってた記録が寺にはあるけど、どうなったかの記録はない。多分逃げて、そのまま死んだと思われたのが、今の黒田町まで逃げて来て暫くそこに住み着き、住人には気付かれないまま、そこで寒さとか病気とかで死んだんだろう。その死体を住人が発見した。そこに、岸辺に住んでた男の悲劇と大蛇の死体発見の話が合わさって、伝説になったんだろう。2つの別の話が、1つの伝説になるなんて話も珍しい事じゃ無い。調べたが、黒い肌の男の話は伝わっている物の、具体的な文献は無かった。そう言う人間自体もしかしたら、居なかったのかもしれない」 「でも、どうやって、お寺の人も知らない事を調べたんですか?」 「ネット」 「ネット?」 「ネットって言ったって、ただ大蛇伝説とか入れてもダメだよ。地域の名前だったり、色々細かくワードを変えながら、小さな破片を見つけていくのさ。そこで、近くで大蛇の話の残ってる場所を探したのさ。寺には伝わってなくとも、口承で先祖から伝ってる場合もあるからね。そういうのをオカルトサイトとかに、現代生きている人間が軽い気持ちで書き込む。地元にこんな伝説があったとか」 「口承?」 「口伝えだよ。地元の都市伝説みたいな噂話が、嘘だと思ってたら調べたら事実だったなんて話も、少なくはない。最近の大きな話だと、グリム兄弟のハーメルンの笛吹き男の伝説が、創作ではなく現実的にあった事件かもしれない可能性が浮上してる。本当の事でも、常識から逸脱した話は、ただの与太話にされてしまう事もある」 「なるほど」 「で、そこからは、現地へ行って民族資料館なんかを聞き込み。そういう所には、地元を知り尽くしてる人間がいるか、そういう人間を知ってる人がいる。そこで地元のお寺で、昔神様の化身として大蛇を飼ってたって話を聞いたんだ。文献の写しもそこにあった。——信仰ってのは霊を育てる。今の黒田町まで死んだ大蛇の霊は、神として祀られてる間に変化したんだろう」 「変化?」 「信仰ってのは別の物を生み出す事がある。例えば少し違うけど、お岩さんとかね」 「知ってます。四谷怪談の——」 「それは鶴屋南北が作った創作のお岩さんだね。まあでも、まさにそれがそうなんだけどね。本来のお岩さんは、良妻賢母の女性の鏡のような人だったのに、その人気にあやかって鶴屋南北が創作で四谷怪談を書いたんだ」 「そうなんですか? じゃあ、祟りとかも?」 「いや、祟りはある。人の想いには力がある。皆が祟りを恐れている、そういう思いの化身としてのお岩さんが、もう1人いるのさ。信仰心てのも同じ。皆んなが長年それを信じて敬っていれば、それは存在してしまう。あの大蛇もそれだ。男の化身であった大蛇と、少年の霊が融合したのは、単純な偶然という訳でもないだろう。大蛇に宿る長年の町の人の信仰心が、大蛇の霊に少年を求めらせたのだろう」 「あの? 実は——」 と唯乃は教室にいた小山来呂の話をした。
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