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翌日、学校が終わると寄る所があるから今日は先に行くと、美智恵には告げた。出来るだけ普通を装い美智恵と別れた。
校門を出て遊歩道を通り、また藍ヶ下に向かう。
稀な寄生虫が原因であるから、普通に考えたら藍ヶ下に通って調べても、どうにかなるとは思えない。
でも——。
あの昨日聞いた声は、多分『私のお墓に行け』と言ったのだ。
『を』では無い『お』だ。
『私のを』という日本語はそもそもおかしい。
私のーなら分かるが、イントネーションが違うのだ。
『私の』で切れて『ぉ』と小さく言っている感じだ。
だったらお家か、お墓だろうが『私のお家に行け』とはやはり日本語としておかしい気がした。普通は『私の家に行け』だろう。
お墓の方が日本語として通じる気がした。
藍ヶ下に着いて、今度は北側の墓地に向かった。
理由は近いからというだけだ。
南に行ってから戻って北では、効率が悪い。
今度は時間は前よりはあるから、全部ではなくともかなりの数を確認出来るはずだ。今日は北だけでも良い。
今日潰したニキビは、少し増えたが5つだった。まだ時間はあるだろう。
明日は南だ。
それで山根鈴香のお墓に行き着いて何も無いなら、そこまでだ。
とにかく、後悔の無いように出来るだけもがこう。
息を切らせて自転車で坂を登り、道の脇の駐輪場に停めて、階段を上がるとお寺の門を潜り、墓地を目指す。
斜面に並ぶ幾百の墓地が、まるで自分を待ち構えていた様に見下ろす。
唯乃の目の前に1本の上り階段があり、それを上り、ひな壇の様なった墓地の各段に向かう様になっている。
今回は色々下調べをネットでして来た。規模としては南よりも大きいが、もう気後れはしない。
墓石には、納められている遺骨の主と命日が彫られている筈だ。
それだけの手掛かりがあれば十分だ。
大変だが、確実に山根鈴香の墓には辿り着ける。
この中から山根鈴香の眠る墓を探すのは、大変だが不可能ではない。
暮石の名前を全部見て行くぞ!
そう気合を入れて、一番下の段の墓地の左端から見て行こうとした時に、目の前の上りの階段の中腹辺りに人が見えた。
後ろ姿だが、黒田高校の制服を着ていた。
女子の制服だ。
その背中は少し上り、左に曲がった。
その時に、横顔が見えた。その顔は真美に良く似ていた。
「真美……ちゃん?」
思わずそう呟くが、歳はずっと上だ。
「違う。山根先輩……ッ!?」
唯乃はその姿を急いで追った。
曲がった場所まで駆け上がる。
そして、左を見ると——。
……誰も居ない。
通路の先は行き止まりだ、他に行く訳はない。
だが、見間違いではない。
唯乃は人影の消えた方に向かい進む。
だが今度は走る事はない。
右端から慎重に、暮石に彫られた名前を見て行く。
半分を超えて、後数石でこの列が終わろうとした時——。
「あった……。」
山根家之墓、墓石にはそう書かれている。
墓の横に設置された、長方形の薄い石碑には、墓に眠る代々の山根家の住人の名がある。その一番端に、新しく彫られた名が。
『山根鈴香 平成○×年○月○日』
とあった。
山根鈴香の墓に間違いない。
「先輩、来ましたよっ!」
唯乃は墓の前にしゃがみ、目を瞑り手を合わせると、再び目を見開き墓石に向かう。
「何ですかっ! 言いたい事があるなら、言って下さい! 何が言いたいのか、教えてください!!」
…………………………………………………………………………。
だが、墓石はただじっと唯乃を見下ろすだけだった。
何もない。
さっき見えた姿は、見間違いか?
いや、此処に辿り着いた。それが何か意味があるという、何よりの証拠だろう。こんな偶然ある訳ない。
なんで此処に、先輩は私を連れて来たんだ?
何があるんだ!
そう下唇をぐっと噛んだ唯乃は、ハッ!? とする。
黒い御影石の墓石に、ぼうっと人の顔が浮かび上がった。
その顔は、ぼやけてはいるが確かに山根鈴香だと分かった。
その時——、
「あの?」
声を掛けられる。
驚きビクッとするが、聞き覚えのある声だった。
そして、声は後ろから聞こえた。
目の前の御影石には、まだ顔は映っている。
振り返り唯乃のが見たいのは、ランドセルを背負う山根真美だった。
もうこなパターンは3回目だ。それ程、驚く事も無かった。
むしろ、なぁんだと笑いが溢れたと思ったら、同時に涙が溢れ出して来て、気付くと真美を抱きしめて嗚咽を漏らし泣いていた。
真美は当然訳も分からないのだから驚いたが、そのまま泣き止むまで、じっとしていた。
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