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「あそこは少し前まで、発掘が行われていた。昨年末から、らしいから1年近くだ」
「なんのですか?」
「古墳だよ」
「古墳?」
「ああ。あの森は昔から神聖な森だったらしいが、いつからかの記録が一切ない。どうやら、古墳時代にあの辺に集落があったらしいんだけど、その集落の事は忘れても、(古墳のある)神聖な場所っていう記憶だけが人々に残っていたようだ。それで鎮守の森として居た。——まさにその記憶だよ。あそこに在ったのは」
「記憶?」
「君は尊君に、なんて聞いてる?」
「森の中で西山君から逃げ回っててって。記憶があまり無いって、言ってました。病院の先生も精神的ショックからだろうって」
「本当は、もう1つの世界に迷い込んでたのさ」
「もう1つの世界?」
「ああ、俺が言わないように口止めした。彼らの為にね。変な誤解を生むからね。尊君が迷い込んだのは、土地に残された記憶さ。幻魔大戦の影響で、残像思念とかいう事もある。あの土地で行われた儀式が強い記憶となって、土地に染み付いているさ。そこが空間の落とし穴みたいになってて、そこに落ちてしまった訳だ。子供がそう言う所に迷い込むのも、昔からの定番だね。精神的な理由か、肉体的な理由か分からないけど、まあ記憶だから精神だろうな?」
「儀式の強い記憶って?」
「多分、生贄の儀式だろうね。あくまで土地に残された記憶であって、記録では無いから、かなり抽象化されてたけどね」
「じゃあ、またその空間の落とし穴に、誰か子供が落ちちゃう事もあるんですか?」
「いや、ワイがそれは閉じた。そっちはワイの専門やからな。もうあの世界には誰も行けへん」
比嘉が言った。
「そうなんですか。——古墳て事は、誰かのお墓だったんですか?」
「いや、石棺はあったらしいが、中に遺体は無く。身元が分かるような装飾品もなかった。ただ生贄になった馬の骨が、石棺の中になぜか収まってたらしい」
「馬?」
「埴輪って知ってるだろう? あれは、昔は人や馬を生贄にしてたのを、豪族の野見宿禰が残酷だからと垂仁天皇に進言して、生贄の代わりに作られるようになったらしい。だから馬の生贄があるってのは、まあ歴史的に考えれば古い時代の古墳らしいけど、でも今回の調査が行われた古墳が作られたのは、後期の古墳時代の物らしいんだ。まあ、この辺は辺境に当たるから、独自の古墳文化という説で落ち着いてるみたいだけどね。古墳ては一般的には墓だと思われてるけど、確かに最初は王族の墓として始まったけど、段々と一般の権力者にも広まった。そして、中には目的の分からない古墳もある。古墳を塚とも言うだろ? 塚ってのは、土を盛った物の事で、墓を指す事もあるけど、何かを封印した場所にも塚と付く場合がある。何かが生贄と共に封印されていたのを、きっと今回の調査で掘り起こしてしまったのだろう。それが、近くの藍ヶ下に住む姉妹に感染した。姉妹だからね。感染し易い体質だったのだろう」
「それが蟲ですかっ!? 私に取り憑いていた蟲を、馬に取り憑かせて——。G孤虫症っていうのは、人獣共通感染症とかって言って、動物にも感染するみたいなんです!」
「どうだろうか? でも、そう考えるのが一番通りが合ってる気がするけどね。」
「私はどうして? 真美ちゃん達は、姉妹だったからだろうけど」
「さあなんでだろうな? 人間の霊なら、色々な素性が関係してくるけど、明確な自我を持たない蟲だ。たまたま運が悪かったとか、蟲の性質と合ったとしか言いようがない」
「じゃあ。また誰かが感染する可能性が!?」
「いや、多分もうないだろう。今回の蟲は単体では強くは無い。君達のように凄く重くなる場合もあるけど、ほとんどがすり抜けていくだろう。あの姉妹に出会うまでに、蟲は沢山の人に出会ったろうけど、感染し無かったのはその証拠と言える。石棺が開かれて1年近く経つ。その間に、感染者は君達だけだ。封印されて居たのは、2体だけと考えるのが妥当だろう。もし他にも居たとしても、宿主を持たないままでは、あの蟲はそう長くは存在して居られないと思うよ。もし存在していられるなら、寄生する理由もないだろう。石棺に封印する事で遥か未来まで、残してしまったんだろう」
「でも、そうなら、もう誰かが取り憑かれる事も無いんですねよっ!?」
「……。」
「どうしたんですか?」
「まぁ、あの蟲にはね」
「……あの蟲には? どういう意味ですか?」
「此処の地域、黒田町は面白い地形をしている。平坦な土地の中に、小島のように小さな山がある。君の家の近くの公園の真ん中にも、不自然な小さな山があるだろう? それらは山というよりも、もっと低い土の山。——塚だ」
「塚って——。まさか!?」
「今回調べてて分かったのは、此処は明治維新の時に切り開かれた土地だ。その時に畑や住居にする為に、沢山の古墳を潰したんだ。それは昭和後期になるまで続いていたけど、文化保存的な観点から、今では保存に切り替えられている」
「そんな……。初めて聞いた……!?」
「地元の民族資料館に行ってみれば、記録が沢山見れるよ? 石棺はあったけど中身も装飾品もないから、文化的な価値無しと見向きもされて来なかったんだ」
「石棺だけって……。それって」
「この土地自体が、そうやって出来た忌み地なんだ。だから、根っこで今回の事は全部繋がってるのさ」
「忌み地?」
「オカルト用語で、謂れのある良くない土地って事さ」
「……。」
「そんなに絶望する事じゃないよ。実は、こんな土地は日本中に在るんだ。特別じゃない。何かビルでも立てようとすれば、小さな遺跡なんてしょっちゅう出てくる。今はそれを調査するけど、その後は余程貴重な物じゃない限り、埋めなおして工事を再開する。まあでも、人間の性質も変わってる。昔は掛かれば死ぬような病気も、長い年月で免疫が出来たり、食生活が変わり体質が変わったりして掛かり難くなったりする。呪いや触りも似たようなもんさ。見え無いだけで、その辺にいくらでもあっても、割と気付かずに皆通り過ぎているのさ。此処に来てから、ニコマートのミラーは下がりっぱなしだよ。」
下がりっぱなしと言うのはかなり誇張されているが、確かに黒田町は他の場所に比べて善悪関係なく霊の存在は多かった。
「藍ヶ下地区は穢れた土地と昔言われていたが、それは全くの事実無根であったのに、そのずっと前からこの黒田町全体が謂れのある土地だったのは、おかしな皮肉ですね。その穢れの中で生きている内に、私達はそれに対する免疫みたいな物が出来たんですね」
「免疫って言うよりも慣れだね。見えていても意識しないと、時期に本当に見えなくなるのさ。君の学校で、小山の霊が見えるのは生徒だけだったろ? でも魚が出てくるのをたまたま見た事務員が見えるようになった。あれも同じだよ。例えば、君が毎日通る道の端に小さな花が咲いていても、気が付かなきゃどんなに目に入ってても見えない。でも、誰かがそれを君に教えて、君が花を認識した瞬間から、それがいつも目につくようなる。そんな感じさ」
「なるほど——。もう今回の事は解明出来てたようですけど、お二人は何で戻って来たんですか? 私の存在に気付いていたんですか?」
唯乃は訊いた。
「いやいや。ちょっと野暮用さ。やり残した事があってね。蟲の事とは別の事でね」
「もう野暮用は済んだんですか? 朝に帰るんですか?」
「いや、まだだよ。明日やって帰る。今日は此処にテント張って一泊だよ」
「もう寒いですよ? どっか泊まれば?」
「そんな金があったらね」
「ああ! すいません! 私の家は、親が——」
「別に良いよ。さすがにJKの家に泊めてくれとは言えない。逆に説明が面倒だし」
「……そうですね。」
「君もそろそろ帰りなよ? 親御さんにバレるよ」
「はい! 私帰ります!」
「ああ、そうした方がいいよ。霊障よりも現実でそっち関係で問題になる方が、俺らも色々やばいからね。家の近くまで俺の相棒に護衛させるよ」
「相棒? そっちの大きなお兄さんですか?」
「いや、あいつはむしろ危険だし、別に相棒じゃ無い」
「なんや! その言い方っ! 素直やないのぉ!!」
「……。」
波久礼は比嘉を無視し、唯乃に話を続けた。
「目に見えない相棒だよ。さっき川に入ろうとした君を止めた奴さ。君んち此処から、どれくれい?」
「自転車で普通に走って10分くらいですかね?」
「2km弱位か。結構遠いな。まあ人間相手になるだろうし、大丈夫だろう」
「ならワイの式神の方がええわ。小さいのなら、充分持つわぁ。人間相手やし充分や」
「——?」
と唯乃は良く分からない顔をしたが
「明日、また来ますんで、居てくださいっ!! お礼がしたいんっで!!」
と元気いっぱいに帰って行った。
2人は唯乃に手を振り見送った。
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