『表』

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「忠告しとくけど、生身の男の子はちゃんと風呂入らなキノコが生えるんだわ。インスタ映え狙っとるの?」 「狙ってねーだわ。それに生えねーだわ。っていうか生えとるわ。よう考えたら下ネタかわ! インスタ載せられねーだわ! 恥じりゃーのある美波はどこへ行ったんだ!」 「えー、あたしが積極的になったのって、信也くんのおかげなの、ちゃんとわかっとるだがね?」 美波は露骨にため息をついてみせる。 たしかに、美波はぼくが告白してからみるみる綺麗になり、性格も明るく前向きになっていったのだ。 「あたし、信也くんに告白されたで、自分磨きをしようと決心して頑張ったんだわ」 そう言い切って爛々と瞳を輝かせた。かつての自分を思い出しているのだろう。 付き合い始めた当初、ぼくは美貌に磨きをかける美波を褒めちぎっていた。ぼくのために努力したという、彼女の美の真相を否定できるはずもない。 「その努力の結果、美波はスカウトされて東京に行くことになったんだがね。別の意味で報われたがね」 「そのせいで信也くんとお別れになってまったのはさみしかったなぁ。上京を決心したときは、嬉しいの半分だけど残念も半分。どっこいどっこいかな」 「めちゃんこ贅沢な話だよね、世の中には女優になりてゃーって思っとる人はぎょうさんいるのに」 「へへー、全然そう思ってなかったあたしがスカウトされたのは、いまだに申し訳にゃー気がするがね」 美波はおどけてぺろっと舌を出した。そんなあざとい仕草がモニターに映されたら、日本中の男たちは悩殺されてしまうに違いない。けれどそれは実現しないことを、ぼくはすでにわかっている。 「まぁ、あたしの女優デビューはおじゃんになったけどね」 美波はぼくの目を見据えていう。ぼくも必死に視線を向け続けるが、自分の心の中を悟られまいと祈るばかりだ。 「家族のみんな、残念だって泣いとったなぁ……。東京って怖い街だがね」 反応をうかがうようなその質問に対して、ぼくは何も言い返せなかった。怖いのは東京なのか、それとも人間自身なのか。余計な考えがぐるぐると頭を駆けめぐる。 それから美波は思い立ったように身を起こし、窓枠に腰を据えて足を外に放り出した。よく知る街並みを眺めながら深呼吸し、遠慮なしに胸の内にある思いを放つ。
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