さよならは言えないから

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「どうして! 何で!」  9月。秋晴れの候。声を荒らげて怒鳴る彼女を目の前に、彼女がこんなに怒るとこは初めて見たなあ、なんて呑気なことを考えた。  怒りに震えながら、床にぺたりと座り込む彼女を見つめる。ふっくらとした桜色の唇を強くかみ締めるのを見る度に、皮膚が切れてしまわないかと心配した。 「置いていかないでよ…」  消えてしまいそうなほど弱々しい声音。自分よりもずっと小さい肩が震えている。床にポタポタと跡を残す感情の雫。ハンカチは無いかとポケットを探そうとしたけれど、きっと無意味だろうからやめた。  薄っすら靄のかかった脳内が、さっきから働くことを放棄している。うまい言葉が出てこない。思考もあまり廻らない。ただ、泣いている彼女を見つめることで精いっぱいだった。
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