さよならは言えないから

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 突然だった。自分でも訳が分からなかった。2日前の日曜日。午後7時。部屋の掃除をしていたら、突然立ちくらみに襲われて、そのまま意識が遠のいた。  あ、これやばいな。そう思った後から記憶無い。気がついたらまた部屋にいた。何も持てず、触れず、痛みも感じないこの身体で。ふらふらと頼りなく宙に浮かびながら。  雪のような頬が真っ赤に染まっていく。強く握られた掌。ああ、そんなに握りしめたら、長い爪が肌に喰い込んでしまう。痛いだろうに。でも、自分では止めることも出来ない。  僕は、もう君に触れられない。声をかけることすら出来なくて。もどかしさと歯がゆさで、何も出来ない自分自身に苛立った。  感覚のない拳をぎゅっと強く握りしめる。痛みは感じない。それすらも腹立たしい。  彼女と向き合って数十分。部屋のドアがゆっくりと開いた。母親が部屋の整理に訪れたのだろうかと思ったけれど、正体は飼い猫だった。彼女の傍に寄ったかと思えば、黄金色の瞳でじっとこちらを見つめてきた。明らかにこちらの方を向いている。まさかと思いゆっくり視線を動かすと、大きな瞳と目がぴったり合った。視線が交わった後も、変わらずこちらを見据えている。
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