さよならは言えないから

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 数年前に家の前で保護したこの猫は、基本的に僕に対する愛想はあまりよろしくなかった。ご飯の時だけ擦り寄ってくるような、調子のいいやつ。けれど、彼女にはよく懐いていた。彼女が家に遊びに来た時は、必ずと言っていいほど膝に乗ってきた。飼い主に好みが似るのだろうか。それとも、本来の飼い主が現れた時のために、情がわかないようにと名前を付けず、結局そのままにしてしまったことが原因なのだろうか。彼女にも、きちんと名前を付けてあげてとのお叱りを受けた。  そう言えば、猫は不思議な物が見えると聞いたことがある。部屋の隅を見ている時は、大体この世の者では無い物を見ているのだと言ったのも彼女だったっけ。その時は半信半疑だったけれど、まさかこんな形で証明できるとは。この世の者ではない。ああ、やっぱり自分は。  ああ、そういえば。猫を見つめながら机の方を指さす。目的はピンク色の紙袋。中身は彼女が欲しいと話していたが、値段が高いからと結局諦めていたアクセサリー。可愛いけどちょっと高すぎるなあ、なんて言っていたけれど、店の前を通るたび気にしていたのを知っている。普段から全くわがままを言わない彼女のためにと、つい先週購入したばかりだった。  賢い猫は、僕の意図に気づいてくれたらしい。軽やかに机の上に飛び乗り、紙袋の持ち手を口にくわえ、再び彼女の元へと歩いた。
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