相対

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「彼は辞めたよ。卒業の準備が大変だそうだ。帰国まで、まだ日があるから引き止めたんだけどな。女性のお客様が減るんじゃないかと、心配しているところだよ。」 当てが外れて青島が落胆しかけた時、確かと田村が言葉を続けた。 「今日の午前中、荷物を取りに店に行ってるはずだ。残念だよ。」 「そうなのか?すまない、助かった。」 青島は早々と電話を切ると、車を発進させた。 午前中なら辻褄が合う。 会社を出て、雨の中を歩いていた未来を、店の近くで見つけたに違いない。 あの時、すぐに会社を出ることが出来なかった、自分自身に腹が立つ。 先程まで全開だったワイパーも、今はゆっくりと行き来していて、その合間から見える雲には、時折明るい閃光が走る。 未来が会社を出て行ってから、3時間以上は経っている。 王が電話を切る間際に聞こえてきた音は、どこかの商業施設のものだっただろうか、と青島は考えていた。 濡れた服を着替えるために服を買い、食事でもしているのかもしれないと思い、店から1番近い駅ビルへ向かった。 駅前は雨が降っているとあって、いつも以上に混雑していたが、駅ビルの中は昼休みが終わったあとで、閑散としていた。 エスカレーターで移動しながら、各階を歩いて回り、レストランフロアで楽しそうにお喋りをしながら歩く女性たちとすれ違った時、青島はふと疑問に思った。 誤解とはいえ、恋人の浮気を疑った挙げ句に大事な仕事も放っておいて、果たしてこんな所で食事をする気なんて起きるだろうか。 王は一緒に帰ると約束したと言っていた。 恐らく未来は、王の親切を一度は断ったに違いない。 帰る気のない未来と、その未来と一緒にいると決めた王と、雨に濡れた2人が行くのはどこだ? よからぬ想像が脳裏を掠め、必死にそれを打ち消そうと頭を振った青島の耳に、館内放送のチャイムが聞こえてきて、ハッとした。 違う。 電話口で聞いた音は、もっと短い音だった。 青島は居ても立ってもいられずに、その場を後にした。 「社長⁉︎お疲れ様です。」 オフィスのドアが開いて、いつものように顔を上げた麻里子(まりこ)は、戻ってきた青島の姿に驚いたが、口を突いて出た言葉は通常のそれで後悔した。 午前中に顔を合わせた時よりも、明らかに落胆と疲労の色が見えたのだ。 麻里子が大丈夫かと口を開きかけた時、青島が社長室を指差した。 「就業時間中というのに、申し訳ないな。」 後を追って社長室に入ってきた麻里子に、青島は頭を下げた。 「いえ。それよりも大丈夫ですか?未来さんとは、連絡取れたんですか?」 麻里子の質問に、青島は何か言いかけて唇を噛んだ。
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