一 致

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処女は、先輩に捧げたつもりも、棄てたつもりもない。 処女を捧げるだの、棄てるだの、そういった表現には違和感を抱く。 仮に私が先輩を好きだとしても、自分自身の何かを捧げる気は毛頭ない。 棄てるといった不要物のような表現も、私の躰に失礼だ。 処女であったことを恥じてはいない。 それは決して恥じるようなことではない。 ―――先輩と私は合意の上でセックスをし、私は処女ではなくなった。 これが適切で、間違いのない事実。 私は先輩に対して付き合って欲しい、みたいな感情はまったくなかった。 好きでもない。 嫌いでもない。 ただ、初めての相手として適切な人を選んだ。 それなのに先輩は、タオルで髪を乱雑に乾かしながら「付き合ってみない?」と言った。 「―――私、初めてだから責任とってください、なんて言いませんよ。 安心してください」 眼鏡をかけながらそう言うと、先輩はベッドに腰を掛け、顔を近付けてきた。 近くで見る先輩の眼は、やはり狂っていた。 暗く淀んだ、濁った沼のように底が見えない。 油断をしたら、容赦なくそちら側に引きずり込まれていく。
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