一 致

5/46
前へ
/190ページ
次へ
肌寒くなってきたある日、兄が急にアパートに泊まりに来ることになった。 コンサートの帰りで、終電を逃してしまったと言う。 どこかのアイドルグループのコンサートグッズとコンビニデザートを下げてやってきた兄は、一昨日、先輩と私が愉しく過ごしていたソファーに座る。 「お兄ちゃん、来るのはいいけど事前に言ってよ」 「ごめんごめん。なに、彼氏でも来てたん? 俺、会ったらちゃんと挨拶出来るよ。 粧子のお兄ちゃんでーす、どこの馬の骨ですかー、って」 「いないよ、彼氏なんて」 「せっかく大学生なんだからさー。 もっと楽しめよ、合コンとか。 アプリとかは……ちょっと心配だな。 どこのどいつか、わかんないわけだろ? やろうと思えば、身分なんかいくらでも詐欺れるだろうし。 やめとけ?」 「はいはい」 私の兄は、よくしゃべる。 コンサート帰りなら、もっと疲れているものなんじゃないだろうか。 それともコンサート帰りだから、テンションが上がっているんだろうか。 どちらにしろ、とても自分の兄だとは思えない。 兄と私は性格も顔も似ていない。 「お前が事件にでも巻き込まれたら、親父もお袋も、どうなっちゃうかわかんねぇし。 気をつけろよ」 「そうだね」 両親が心配するのは私のことなんだろうか。世間体なんだろうか。
/190ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加