僕はユキさんが嫌いだ

〜プロローグ〜

「左に曲がります。左に曲がります」

ある四月の日曜の朝。

僕は、すぐ先の交差点から曲がって入ってきたトラックが、僕の住む賃貸マンション前の道路に慌ただしく停車する音で目が覚めた。

時計を見ると、もう九時を過ぎている。
ふと、実家の母親から「荷物を送ったよ」とメッセージが来ていたことを思い出し、トラックを確かめるべく、僕はベランダに続くサッシ戸を開け、サンダルを引っかけて外に出てみた。

「なんだ。引っ越しか」

三階の僕の部屋、３０１号室は玄関エントランスの真上にあるんだけど、眼下には宅配業者のそれではなく、引っ越し業者の少し小さめのトラックが停まっていた。
アルミ製の荷室の側面に書かれた引っ越し業者のシンボルマークのキリンと目が合う。

---引っ越しとなると、僕の隣の部屋にまた誰か入るのかな？

僕の隣の部屋、３０２号室は先月から空き部屋になっている。
僕はこの賃貸マンションに、大学に入った時からだから、もう５年も住んでる。
でもその間、隣の３０２号室の住人はその間何人も入れ替わった。
入れ替わったうちの何人かは僕の友達だったり、バイト先の知り合いだったりしたこともあったので、退去の理由も聞いたりしてたから、入れ替わりが激しい理由はなんとなく知っている。
３０２号室の真下の２０２号室に住む初老の一人暮らしの男性が、ものすごく“音に敏感”な人らしい。
まあ有り体に言うと、３０２号室の入居者の立てる生活音に対し、その都度、天井を箒で突いて抗議をするという人。
箒で突いても音がやまないと、部屋にまでやってきて文句を言う。
住んでいた知り合いによれば、リモコンを床に落としただけでも、“ドンドン”と階下から突き上げられるので、おじいさんが寝る夜１０時までは、生きた心地がしないらしい。
ちなみに、彼の言う“リモコン”とはテレビのリモコンのこと。もしカラオケのリモコンなら大きくて重いので、落とせばさぞかし大きな音もするのだろうけど、一般の家庭でそれがある家は少ない。
だとしても、テレビのリモコンを落としたくらいで、そんな大きな物音がするだろうか。