お迎え

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お迎え

黙食を終えて会場に着いた私たちは、お喋りは出来ないけれど会えた知り合いと小分けのお菓子やお手紙を交換し終えたところだった。 『好きだよねーそういう事すんの。コレも全部に書いたんでしょ?』 私たちの会話も、目の前にいてマスク越しに目を見ていながらもSNSのチャットで行っている。 『そうだよ!』と返事するかわりにコクコクと首を縦に振ったら、爆笑を堪えた肩が目の前で揺れながら文字を打ってくれている。 ………………そんなに面白い事、言ったかなぁ? 『余るからって神社の親子とか店員さんにまであげるとか、ティッシュ配りかよっつーね!』『ちょっと本当……マジ』 『アンタらしいよねー!』 腹を抱えて転がるスタンプと共に、送られてきたメッセージに私も返す。こういう、目の前にいるのに話さないってのはヲタクさんたちの中には稀にあることだってSNSで見たことがあって不思議だったけど……体験してみるとそう悪くはないし、なんだかこのモダモダとする感じは今のこの息苦しい情勢だからこその経験をしてる感じがして楽しさもある。 『えー、笑いすぎ!』 ずっとこのまんまは寂しいけれど、例えば風邪で喉が痛いときはこれからは家族や友達とはこうしてコミュニケーションを取ればいいんだって選択肢が増えていっている気がして……うん、ポジティブにいこう! そんな風に思っていたら、開場のアナウンスが聞こえてきた。 『あーん、ドキドキするー!泣きそう!』 『早っ!でも、久しぶりすぎて緊張するねー!』 『やだぁー、笑顔でお迎えしたいのにー。無理ぃー!泣くー!うわぁんっ!』 『どーせ声出せないんだからいーじゃんw』 『うん、どちゃクソにペンラ振るぅー……』 ぐすっ、ずずっ…… 「ぶっふぉw」 『マジでもう泣いてんの?w』 文字を打っていたら、本当にもう泣けてきてしまって……そんな私を見て友達は耐えきれずにちょっと吹き出してまた肩を震わせていた。 そして、笑いながらも”楽しみだね”って励まして慰めてくれていた。 やっぱり、全然性格は違うけれど今日一緒に来れたお友達がこの子で本当に良かったなと思う。 * 「さてと、こっから勝負だね!」 少し前のお客さんから立て続けに、ライブやイベントと思しきお客さまがいらっしゃって今日はいつも以上に忙しい。 今日はお客さまにいただいたお菓子があるから、夕飯はデザート付きな事を思ってテンションを無理やりにでも上げていける。 夕飯前の夕方……ディナーのテイクアウトが増えてくるこっからの時間が踏ん張り時だ。疲れた顔などはしていられない。 「よぉし!笑顔でピークタイムのお客さまもお迎えするぞ!」 * 「矢内、スタンバイOKです」 開場まであと少し、と緊張してソワソワとし始める。 「あ、さっきの……持って来ちゃってたのか」 身体のあちこちをソワソワと撫でていたら、ポケットがモコりとしていて。 先程のお菓子の小袋をポケットに詰めてそのままだったらしい。 せっかくだからと飴を取り出して緊張を解すことにした。 「……ん?」 ポケットに包みを仕舞おうとして、裏面に何かが書いてあることに気付いた。 そういえば、お友達に配るものを包みすぎたからとあの人は言っていたっけ……手持ちの懐中電灯で文字を追って、さっきかけられた言葉の意味を知る。 ”お疲れ♡久しぶりに会えて嬉しい!今日、めちゃくちゃ楽しもうねっ!” さて、お客さまをお迎えする時間だ。最高の時間を演者方にも迎えてもらわなくっちゃな! * 夕方の駅が多くの人を吐いては吸ってと人を出迎え、住宅街には各々の団欒を迎える夕餉の香りと音色が広がり始める。 各々の、お迎えの時間が今日も始まっている。
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