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「怒った?」
俺の腕に思いっきり噛み付いた直後、彼女が言った。
「怒ってないよ」
上目遣いで、消え入りそうな声で、本当に申し訳なさそうな顔で、彼女は謝ってきた。
かと思えば、
「怒った?」
甘えた声で、からかうような表情で謝ってくる時もある。
「怒った?」
全く悪びれない様子で、笑いながら謝ってくる時もある。
手を繋いでる時に爪を立てられたり、
唐突に指の間接を強く圧迫されたり、
脇腹を抉られるほどチョップされたり、
眼鏡のレンズをつつかれたり、
食事の時にわざとスネを蹴られたり、
デート中に靴の踵を踏んづけてきたり……。
思い返せばキリがない。
彼女はそんな嫌がらせをしては、即座に謝ってくるという行動を、この五年間、定期的に繰り返している。
余りの痛みに、または驚きに、俺が反応を示せば、嬉々として謝ってくる。
でも、どんな風に謝ってきても、俺の返す言葉はいつも変わらない。
「怒ってないよ」
本当に怒ってないから、そう言うしかない。
でも、悩む素振りも見せずに許しの言葉を即答する俺を見れば、彼女はつまらなそうにむくれてしまうのだ。
動じない俺が気に入らないらしい。
だからといって、
「痛いじゃないか」
怒りの表情でそう言えば、酷くショックを受けた顔をして、黙りこくった末に静かに泣き出すのだ。
泣くくらいなら、初めからイタズラしなければいいのに。
そう思う自分が、いない訳では無い。
彼女のちょっかいに付き合うのは、正直面倒臭い。
でも、
「じゃあ、もう一生つねったりしないもん。まつ毛引っこ抜いたりなんて、一生やらない。一生あんたには触らない」
そんな風に、俺だけに許された面倒事を一生分取り上げるのは、
「怒るよ?」
君であっても許さない。
こんなもの、勲章でも何でもないけれど、取り上げられるのは何だか癪なんだよ。
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