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2話(★)
一ヶ月間の滞在用にと、光波には小さな離れ座敷が与えられた。
情事の声が聞こえないようにする為か、他の建物とは少し離れた場所にぽつんと佇んでいる。
煌士との営みも、ここで行われるのだ。
「失礼致します……」
案内役の男性から鍵を受け取り、曇りガラスが嵌め込まれた玄関の格子戸を開く。
まだ誰もいないと分かっているのに、室内に投げる声が強ばった。
ここには器役と種役と、極一部の限られた使用人しか入れないという事で、ここまで案内してくれた使用人は光波が玄関に入るのを見届けて立ち去ってしまった。
玄関で靴を脱ぎ、廊下を進む。
と言っても、部屋がふたつとトイレと風呂があるばかりなので、すぐに壁に突き当たった。
ふたつある部屋のうちの片方の襖をそろりと開くと、本棚や座卓などが置かれた八畳の和室に繋がった。
本棚は三分の一ほどしか埋まっていない。それも難しそうな本ばかり。
テレビが置いてあるので、何とか退屈はしなくて済みそうだが。
小型の冷蔵庫の中には五百ミリペットボトルのお茶や、缶ジュースが何本か入っていた。まるで旅館のようだ。
座卓の近くに、光波が持って来たトランクケースが置かれていた。
契約書にサインをした後、使用人が先回りして運び込んでくれていたらしい。
それなりに快適に過ごせそうな空間に、一先ずは安堵する。
隣の部屋の様子も窺いに行くが、襖を開くなり、畳の上に敷かれた二組の布団が視界に入ってぎょっとした。
大きな丸窓から差し込む日差しはまだ明るい。あまりの気の早さに戸惑う。
他人の部屋に忍び込んでいるような後ろめたさを感じながら、部屋の中を落ち着きなく見て回る。
布団ばかりか、タオルや着替えの浴衣、潤滑ローションまでもが枕元に用意されていた。
(僕……、本当に、ここでするの……?)
絶望的な気持ちになる。
必ずしも妊娠するわけではない。寧ろ妊娠せず帰る確率の方がずっと高いのかもしれない。
けれど、確実に抱かれはするのだ。
これから一ヶ月の間、何度も、何度も、好きでもない相手に。
煌士との初めての面会は、光波が雅楽代に来た日の夜に早速予定されていた。
昼間に説明を受けた際に、面会の際は事前に体を清めておくようにと言われていた。
光波は言われた通りに全身を綺麗に磨き上げ、布団が二組敷かれたあの部屋でじっと時を待つ。
風呂に入っておけという事は、初日だからとりあえず顔合わせだけして終わり、というわけにはいかないのだろう。
どくどくと嫌な音で脈打つ胸を、シャツ越しに強く押さえる。
布団の傍らに正座して、どれだけの時間が経っただろうか。
玄関の扉が開く音が聞こえ、体がびくりと跳ねる。伏せていた瞳も自然と上を向いた。
数人の男の話し声がかすかに部屋まで流れてくる。
彼らの話の内容に耳を傾ける間もなく声は止み、再び玄関戸が動く音がした。
ぎし、ぎし、と、廊下の軋む音が近付いてくる。足音は一人分だ。
部屋の襖が開かれた瞬間、光波は思わず顔を俯かせた。
「……今までの器役は皆、玄関で健気に待っていたものだがな」
低く落ち着いた声が頭上から降って来た。
挨拶もなしにそんな嫌味のような事を言われ、光波の視線は益々下を向く。
玄関まで迎えに行った方が良いだろうかとは、光波も考えていた。
しかし、積極的な気持ちでここにいると思われるのが嫌だった。こんな些細な抵抗をした所で、何かが変わるわけでもないのだが。
「今回の器役は口もきけない人形か」
父の面目の手前、これ以上無礼を重ねるわけにもいかず、光波は恐る恐る顔を上げた。
目前には背の高い男が立っていて、自らのシャツのボタンを手際良く外していた。
光波の視線に気付いたのか、端正な横顔がこちらに向けられる。
彼が、雅楽代煌士。
二重がくっきりと刻まれた切れ長の目に見つめられ、どきりと胸が鳴った。
アルファは美形になりやすいと言われているが、それを証明するような美しい顔立ちだ。
艶やかな黒髪は歪みなく流れていて、遊びもなくきっちりと真ん中で分かれた前髪に、彼の几帳面な性格が見えたような気がした。
「あ、あの、僕……、じゃなくて、私は、鶴峯光波と申します……。よろしくお願い致します……」
「名乗らなくて良い。どうせ呼ぶ事はない」
ここに来てからずっと、煌士の表情は険しい。
光波の出迎えがなかった事にそこまで腹を立てているのか。はたまた、色気の欠片もない器役に不満なのか。
何にせよ、煌士の方も行為には乗り気ではないように見える。
とは言っても中止の声が上がる事はなく、光波が呆けている間に煌士はさっさと服を脱いで、下着一枚になっていた。
程よく引き締まった、肌艶の良い体だ。
「枕元の照明を付けろ」
「えっ、は、はい……」
それが始まりの合図だとも気付かず、光波は言われた通りに枕元に置かれた間接照明のスイッチを押した。直後に煌士が部屋の電気を消す。
部屋の雰囲気が、一気に別世界へと変わった。
暖色のほのかな灯りが滲む布団の上に、何の気遣いもなく雑に押し倒される。
「あ、ま……、待ってください……! まだ……!」
「そういう駆け引きは必要ない。さっさと済ませたいんだ」
一回り近く大きな体に組み伏せられ、懸命の抵抗は簡単に封じられた。
煌士はもがく光波を押さえつけながら、ズボンと下着を器用に膝下まで下ろした。怯えて萎れた光波の男性器が、煌士の眼下に投げ出される。
心の準備が間に合わないまま恥ずかしい部分を暴かれる形になり、赤らんだ頬に屈辱の涙が伝った。
「もっとマシな顔をしろ。無理矢理勃たせないとならないこっちの身にもなれ」
それならば、無理矢理抱かれるこちらの身にもなってほしい。そう言い返したくなる。
煌士は続いて自らの下着も引き摺り下ろし、恥じらう様子もなく男根を晒した。
さすがアルファと言うべきか、まだ何の変化も見せていないというのに、太さも長さも光波とは比べ物にならないほどに立派だ。
煌士は枕元にあったローションを自らの陰茎に垂らすと、そのまま片手で掴み、ゆったりと扱き始めた。粘り気のあるくちゃくちゃとした音が室内に響く。
「わっ、な……っ」
目の前で突然始まった他人の自慰に、光波は言葉を失った。
羞恥も遠慮も忘れてその様子を呆然と眺める。
煌士の方は光波の姿を見ようともせず、顔を俯けてきつく目を閉じている。
刺激を糧にした雄が徐々に膨らみ始めても、煌士の表情は不機嫌そうなままだった。
「……おい、ぼけっとするな」
不意に視線を上げた煌士と目が合い、光波の元へ羞恥が戻って来た。顔を真っ赤にして、今更目を背ける。
「自分で出来るだろ、さっさとしろ」
言われ、ローションの容器を投げ付けるように渡された。
先程から混乱が続いている光波の頭では、何を急かされているのかすぐに理解出来なかった。
ローションを握り締め戸惑っていると、舌打ちと共に容器を取り上げられた。
たった数秒の迷いすらも、煌士にはじれったかったらしい。
「え……!? あっ……!」
突然体を転がされ、俯せの体勢に組み伏せられる。
尻の谷間を冷たくとろみのある感触がたっぷりと流れていき、光波の口から、ひっ、と引き攣った声が漏れた。
「あっ、うそ……っ、指っ、やだ、ぁ……っ」
尻奥に隠れた門戸に、液体の滑りを纏った煌士の指先が押し込まれる。
光波に性経験はなかったが、初めて発情期を迎えた頃から、アルファの一物を体内に迎え入れる練習を繰り返していた。
もちろん自主的にではなく、父にそうしろと言われたからだ。
数年に渡って慣らしてきたその部分は、指の一本や二本くらいならば飲み込めてしまう。
けれど、だからと言って平気というわけではない。
異物が侵入してくる不快感に、光波の顔が険しく歪む。
「ふ、う、やだ……っ、抜いて……っ、やっ、うぅっ……!」
オメガの体は特殊で、肛門の奥が直腸へ繋がる道と子宮へと繋がる道とで二股に分かれている。
子宮への道は排泄物が入り込まないように口が閉ざされているのだが、煌士は慣れた様子でその入り口を探り当てた。
何の気遣いもない指先に、こじ開けられる。
オメガ特有の性感帯、所謂Gスポットと呼ばれる場所に触れられても、光波が感じるのは嫌悪と苦痛ばかりだった。
そもそも煌士からは、光波を気持ち良くしてやろうという気遣いが微塵も感じられない。
「ん……っ! やだっ、待って、ください……っ!」
体内を掻き乱していた指が引き抜かれ、入れ替わるようにして太く熱い先端が小さな蕾に宛てがわれた。
「っ、ひっ……、あぁ……っ!」
光波の懇願は聞き入れられず、腹這いのまま一息に貫かれる。
「やだっ、あっ、うっ、嫌……っ、痛いぃ……っ!」
粗暴な雄に肉壁を叩かれる度、光波の口からは悲痛な呻きが漏れた。
これまでの男根を迎える練習が無駄だったとも思えるほどの痛みに襲われる。
乱暴な律動が、悪い意味で刺激になっていた。
どんなに苦痛でも受け入れなければならない。その為にここにいる。
頭では分かっていても、拒絶を抑えられない。
恐ろしい。虚しい。体よりも先に、心が壊れそうだ。
光波の瞳からは止めどなく涙が溢れ、震える唇から放たれるのは身を絞るような悲鳴ばかり。
結局最後まで、光波がオメガの喜びを知る事はなかった。
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