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メレンゲ
ママが 言ってたの
イライラした時は、甘いものを食べるといいよって。
それは 大人になった今でも よく覚えてるの。
初めて一人暮らしをして
初めて一人で仕事して
初めて誰も居ない部屋に帰る日が
ちょっと つらいの。
家にいる時間が増えたから
料理が私の趣味になったの。
お金はちょっとかかるけれど
お腹を満たせるし 腕を上げることができるし
なにより 目の前の作業に集中できる
一石二鳥じゃ 物足りないくらい
いいもの見つけたの。
ある日 私は怒られた。
突拍子もないことで
そんなこと どうでもいいじゃんって思うけど
素直に謝っておいた。
心がなんだかモヤモヤと 気持ち悪いな。
そんな時に思い出したの
ママの言葉。
キンキンに冷やした卵白を
ボウルの中で踊らせて
優しくそっとならしたなら
あとは一息に混ぜていく
カラカラ音を 立てながら
透明だった 水面は
魔法のように 泡立つの
途中で止めちゃ いけないの
だって 忘れてしまうから
全部 全部 かきまぜなくちゃ
意味がないんだもの
あの時あった いやなことだって
全部 全部 剥がれ落ちて
純白の海に包まれて 優しくなっていくの
希望を捨てちゃ いけないの
だんだん腕が痛くなってきたけれど
まだ足りないんだよ
あの時隠したホントの表情
グッと飲み込んだ毒牙の欠片
ひしひしと育てた行き場のない憎悪
混ぜて 混ぜて 固めていくの
ほらね 言ったとおりでしょ
泡立て器のあとが つきました
そしたら砂糖を少しずつ ふり分ける
負感情に バレてしまうから
ほんの少し ほんの少し 毒を盛るように
さらさらと さらさらと たださらさらと
ごまかすように また混ぜていくんだ
ほらね 上手にできました
本当に上手くできるようになりました。
今日の仕上げは なんでしょう?
果実で真っ紅に染めましょうか
苦味とムースにしましょうか
分厚く焼いたパンケーキでつぶしましょうか
どれもおいしそうですね。
ほんのり甘く とろけるのです。
自分の意のままに 変えられて 食されて
あぁ なんて幸せな気分
あんなにあんなに怒っていたのに 元通り。
すごいですね すごいですね
甘いものはすごいですね
あんなにあんなに怒っていたのに 許せるよ。
さぁ これで大丈夫
さぁ 全部お腹に入りました
今頃今頃 アイツラは
強い胃酸に こっぱみじんでしょう。
全部 全部 いなくなりました。
歯磨きもして 口には残っていませんし。
これで 明日も元通り 参りましょう。
ママが 言ってたの
イライラした時は、甘いものを食べるといいよって。
本当だね ママ。
教えてくれて ありがとう ママ。
これで私 明日もきっと
いい子の 「私」でいられます。
じゃあね おやすみママ。
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