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(どこからか、赤ちゃんの泣く声が聞こえてくる……)
微かに聞こえる呱呱の声に導かれるように御國が目を覚ますと、そこは先程落下した道端でもどこかの病室でもなく、外からの柔らかな陽光が差し込む見知らぬ部屋だった。
ホテルのスイートルームの様に豪華な家具が揃った部屋の中の、どこかお日様の匂いがする柔らかなベッドの上に寝かされていたのだった。
「ここは……? うっ……」
身体を起こしながら、掠れた声で呟くと頭がズキリと痛んだ。
「いったぁ……」
頭を押さえながら何気なく下を見ると、いつの間に着替えさせられたのか見知らぬ白のネグリジェを着ていた。
(寝ている間に、誰かが着替えさせてくれたのかな?)
絹の様な上質な生地を使っているようで、着心地は不快ではなく、さらっとした手触りも心地良かった。
そして、目の前にある大きな二つの膨らみ――自分の胸を見て、ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒する。
(いつの間にこんなに大きくなったんだろう……?)
Cカップあるかないかの控えめな大きさだった胸は、何故か二回り以上の大きさになっていた。パットや詰め物が入っているだけかもしれないと試しに軽く胸を掴んでみたが、それは間違いなく自分の胸の感触だった。
「うわあ……」
こんなに大きな胸を見たのも触れたのも始めてで、御國の口から思わず声が漏れてしまう。けれども、その声は普段聞き慣れた自分の低い声とは全く違う、綺麗なソプラノボイスであった。
「可愛い声……。トーンも高いし、いつの間に声変わりしたんだろう……?」
さっきは声が掠れていて気づかなかったが、可愛い女の子が発するような愛らしい声が、自分が言葉を発する度に自分の口から出ていた。
「それに、ここは一体どこ……? 私は死んだはずじゃ……?」
「ほんぎゃあ……!」
けれども、御國が考えている間も、赤子は部屋の隅に置かれたベビーベッドの上で、泣き続けていた。
(誰の赤ちゃんかわからないに、勝手に触れていいのかな……?)
戸惑いながらも、ベビーベッドをじっと見つめる。赤子が泣く度に、なぜか胸がぎゅうと締めつけられるように痛くなった。
いや、胸が「張った」の間違いだろうか。
(どうしたらいいんだろう……?)
近くに人がおらず、誰にも聞くことが出来ないので、御國はオロオロと迷うばかりであった。すると頭の中のどこか遠いところから、誰かの声が聞こえてくるような気がした。
――行かなきゃ。大切な子供の元に。
「うっ……」
声が聞こえた直後に耳鳴りの様なキーンとした音が頭の中に響き渡り、両耳を押さえてしまう。その音が鳴り止むと、意を決した御國はその声に従う様にベッドから小鹿の様に白くほっそりとした裸足の両足を抜いて薄茶色の絨毯の上に乗せる。
柔らかな毛先が裸足の足裏に当たってくすぐったかったが、我慢してそのまま立ち上がろうとする。自室のベッドで寝ている時と同じ様にベッドから起き上がったつもりが、足に全く力が入らず、ベッドから落ちて絨毯の上に倒れてしまったのだった。
「……っ!」
ドスンという小さな音と共に床に倒れてしまう。絨毯の毛が柔らかい事もあり怪我はしなかったが、顔に絨毯の毛先が当たってくすぐったかった。足裏がくすぐったかった事といい、触覚があるという事はやはり自分は死んでいないのだろうか。
御國が床に身体をぶつけた痛みに耐えながらそんな事を考えている間も、赤子は泣き続け、頭の中では誰かが赤子の元に行くように訴え続けていた。
「わかったから……!」
頭の中で響き続ける声に返事をしつつ、御國は絨毯の上を這いながら壁に向かう。壁に両手をついて身体を起こすと、力の入らない足を引き摺りながら壁伝いに歩く。途中で足が痛くなり歩くのが困難になると、床を這うようにして赤子が声を上げ続けるベビーベッドに向かったのだった。
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