旦那様

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旦那様

 御國がニコラを抱いたまま呆然としている間に、先程のメイドは年配の女性を連れてすぐに戻ってきた。  同じ格好をしているところから、この年配の女性も同じメイドなのだろう。  年配のメイドも、先程の若いメイドと同じように御國の姿に驚いていたようだった。  そうして御國に近づくと、腕の中ですやすやと寝息を立てるニコラを取り上げたのだった。 「あっ……」  年配のメイドは取り上げたニコラを手慣れた様に丁寧に抱くと、そっとベビーベッドに戻す。  そうして、御國は最初に会ったメイドによって、先程まで眠っていたベッドに戻されたのだった。  ニコラを取り上げられて、やや不満気な御國はベッド脇に立ってコソコソ話している二人の会話を聞いていた。 「旦那様に連絡は……」 「執事長に確認したところ、もうじき騎士団から戻られるとのことです」 「そうですか。状況の説明はメイド長である私と貴女でします。いいですね?」 「はい……」  二人の会話から、年配の女性がメイド長で、先程の女性がその下で働くメイドらしい。  薄い金色のメイド長の頭からも、犬の様な耳生えていた。  先程のメイドは赤色の耳だったが、メイド長は白色の耳だった。 (触ったら柔らかそう)  御國がベッド脇に立つメイド長の耳を眺めていると、コンコンと扉が叩かれる音が、部屋中に響き渡ったのだった。 「入りますよ。モニカ」  そう声を掛けて入ってきたのは、今の御國より少し歳上の見目麗しい白皙の男性であった。  わずかに黒を帯びた白色に近い灰色の長い髪をうなじで結び、腰近くまで垂らしていた。  何よりも御國の目を引いたのは、他のメイドたちと同じ様に灰色の頭から犬の様な三角形の耳を生やしていたところだった。フワフワした黒色の毛で覆われた耳は、時折ピクリと動いていたのだった。 (かっこいい……)  御國が見惚れている間も、男性はどこか不機嫌そうな表情を浮かべたまま、御國が上半身を起こしているベッドに近づいて来たのだった。 「騎士団に知らせがきました。モニカが目を覚ましたと聞いて、慌てて戻ってきました」  綺麗なテノールボイスに声を掛けられて御國はハッと我に返る。  男性をよく見てみれば、鎧こそは身に着けていなかったが、白を基調とした青いラインが入った制服姿であった。胸元には狼の様な獣を象った紋章を付けており、濃い青のマントを身に着けていた。背中のマントが乱れているのは、慌てて駆け付けたからだろうか。 「一か月近く眠っていたのです。どこか具合が悪いところはありませんか?」  そう言って、男性はアメシストの様に輝く紫色の瞳で御國の頭から足までじっと見つめてきた。時折アメシストの瞳を細めてつぶさに観察してくる姿は、まるで御國の変化を少しも見逃さないと言いたげな様子にも見えた。  男性の見目麗しい顔立ちにドキドキしながらも、御國は何とか頷いたのだった。 「大丈夫です。ご心配をおかけして、すみません……」 「そうですか……。それなら安心しました」  男性が俯いた御國に触れようと手を近づけてきた時、御國の頭の中で声変わり直後のまだわずかに高い声が残る少年の声が響く。  ――こんな……以外良いところのない……のない奴に……。  身体が大きく震えると、御國は反射的に身体を引いてしまう。そんな御國の動きに気づいたのか、それとも何かを思い出したのか、男性は御國に触れる直前に手を止めると、何事も無かったかの様に降ろしたのだった。 「私は仕事に戻りますが、何かあればすぐに使用人に言って下さい。それでも解決しなければ私を呼んで下さい」 「あの!」  咄嗟に御國はベッドから離れようとした男性を呼び止めてしまう。男性は立ち止まると、何故か驚いた様子で御國を振り返ったのだった。 「どうかしましたか?」 「えっと……あの……」  男性を呼び止めたのはいいが、何も考えていなかった。何か言わなければと焦っていると、視界の隅にベビーベッドが入ったのだった。 「せっかく帰宅されたのに、ニコラには会っていかないんですか?」  苦し紛れにニコラが寝ているベビーベッドを指差しながら尋ねると、男性は不思議そうな顔をしたのだった。 「……私がニコラに会っていいんですか?」  これには御國が首を傾げた。 「はい……。駄目ってことは無いと思いますが……」 (もしかして、何かマズイことを言ったのかな……?)  御國が内心慌てていると、男性は少し迷った末に「では、モニカの言葉に甘えて」と答えた。男性はベビーベッドに近づくと、寝ているニコラの邪魔をしないように、そっと上から覗き込んだのだった。 「ニコラ」  そうしてニコラに向かって、柔らかく微笑んだのだった。 (うわぁ……いい笑顔……)  そんな男性の横顔を見ていた御國の胸がドキッと大きく高鳴った。  その時、いつの間にか御國の側から離れて、扉の前に立っていたメイド長が男性に呼びかけたのだった。 「旦那様、愛娘にようやくお会い出来たところ恐縮ではありますが、外で使用人が待っております」  御國がメイド長から扉に視線を向けると、扉の外に何者かの姿が見えたのだった。 「わかりました。すぐに行きます。詳細は帰宅してから教えて下さい」  男性は名残惜しそうにニコラから離れると、メイド長に声を掛けながら扉に向かう。部屋から出る時、何か言いたげな顔で御國を見つめてから、そっと出て行ったのだった。
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