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3.過去
次第に街道は獣道になり、辺りに人がいなくなる。さらに足を進めると森の深さのせいなのか、日が落ちたのか分からないが暗くなってくる。
ふと思い出したように胸ポケットをあさるとライターが出てくる。俺は煙草を辞めてしまったが、このZIPPOは特別なもので胸ポケットにずっと入れている。安い型だが古い仲間に貰ったものだ。乾いた干し草を固めたようなものを食べ、地面に突っ伏すと流れるように睡魔がやってきて、今日あった出来事を思い出す。
もちろん、前の世界も。
――芹沢 悠真。恵まれた環境とは到底言い難い所だった。毎日のように罵声を浴び、屑の手本を見て育った。そんな俺が真っ当な道を歩めるはずもなく、若い頃からケンカに明け暮れた。最初のうちは小さな不良グループだった。煙草に憧れ、社会を憎み、自分達の力を信じていた仲間だった。匠と和志は俺と同じような環境を過ごしていたのもあって3人で地域の不良達を倒していった。そんな不良達とも手を組んで、それが次第に十、二十と膨らんでいった。その頃が1番楽しかったんだ。次々に強い奴が加ってチームを作り、触れてはいけない所に手を出した。仲間の一部と売人グループが衝突した時にはもう歯止めが効かなくなっていた。リンチに拷問、勝つ為なら何でもした。散っていった仲間のことは考えず、一心不乱に向かってきた敵を潰した。半年かけて潰した売人グループの代わりに薬を受け持つようになり、扱う金の単位が変わった。金が持つ魔力に魅了された馬鹿な俺らは勢力を更に拡大して、薬やらの売買に留まらず詐欺、強盗を繰り返し、遂には悪事の最上を尽くした。今思えば、皆怖かったんだ。昼間は歩けなくなり、顔を人様に見せられなくなった。怯えているところなんて見られたくないから皆必死で取り繕う。罪は罪で覆い隠す。船から降りたモノは徹底的に潰す。それが俺たちのやり方だった。
――そんな俺にも嫁ができ、子供が出来た。名前は沙織と真奈。弱みは作るんじゃねぇと言われていたが、俺は大丈夫だと鷹を括っていた。甘かった。家に火がつけられた。一命は取り留めたが沙織は呼吸器に疾患を負った。一生治らないらしい。火をつけた奴らを皆殺しにしても不安は拭えなかった。それから家にいる時間がどんどんと増えていった。今までのどんな事よりも純粋な幸せを感じ、全部がまやかしだと気づいてしまった。家族と一緒に笑いながらご飯を食べる。そんなささやかな幸せに俺はこの歳になって初めて巡り合った。
仕事は部下に任せる事が多くなり、幹部の会議にも顔を出さなくなったある日。俺に組織の手が及んだ。今は組織のトップにたってる和志の手の者だった。あと1コンマ銃を抜くのが遅かったら……想像するだけでも心臓に血が集まる。そこで俺の記憶は途切れている。
もしかして、俺は死んだのか?
ハッとして目を開ける。滝のように出る汗が気持ち悪かった。内ポケットにあるM19を握りしめながら、現実に目を背けて、軽く瞑った。
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