8.怪物

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8.怪物

 見ると剣は首元を捕えられずに空中で静止している。剣を払い除けて、後退する。そこにはなんとローズウッドが立っていた。 「寝ている間ならイけると思ったんだけどな」  また優しい笑みを浮かべながら言う。最初に対峙した時に感じた警告を今、理解した。甘い顔や声で心を自然と開かせ、内側に素早く潜り込む。詐欺師に似ているんだ。でもなんでだ?と不思議に思っているとローズウッドが問いかけてくる。 「ひょっとしてなぜ殺されるのか分かっていないのかい?」 「ああ、悪い事はした覚えが無いからな」  冗談混じりに答えたその瞬間、激昂し、剣を構えて飛びかかってきた。 「貴様っ!賢者様を殺しておいて何を言うか!」  剣とナイフの相性が悪すぎる。何より夜だと刃物の軌道が見えない。受けられないと判断した俺は体勢を低くして膝にタックルを決めた。ローズウッドは受身を取り、すぐさま剣を構えた。 「賢者?あまり覚えがないが」 「お前が召喚された時にいた人物だ。俺たち、アリシアやアンリの師でもある。そんな人を失って正気でいられるはずが無いだろう?」  白髪のジジイ、確かに兵を指揮していたから実力者だとは思っていたがそれ程だったとは。ローズウッドは一呼吸をしてまた話し始める 「勿論、ユーマの言っていたことも分かる。いきなりこの世界に連れてこられて――でも僕は決めたんだ。仇を打つと」  冷静さが戻っているようだった。風の流れが急に強さを増す。ローズウッドに集まっているようだった。 「風上位魔法……風刃」  そう小さく呟くと鋭い風の刃が俺に襲ってくる。もう無理だと思った。家族の事、仲間だった奴の事を考える。これが走馬灯と言うやつなのかも知れない。特に特別な事をした訳では無かった。咄嗟に両手が出ただけだった。手に衝撃が走ったので負けじと力を込めただけだった。  込めた途端、風の刃が弾け飛び、俺は吹き飛ばされた。手は血だらけだったが何とか生きている。ボロボロの身体で立っている。そして今までとは訳が違う敵対心をローズウッドに向ける。  僕はありえない光景を目にしていた。魔法を生身の体で押さえつけてしまった。思えば、最初に剣を向けた時からそうだった。  勇者か?と尋ねた時、僕はまだ彼の正体を知らなかったが国から追われている身を斬らない理由は無かった。だが、手が止まってしまった。力が入らなくなったという方が適切か。  純粋な目をしているようで、濁っている。濁りすぎていて逆に純粋に見えるのかもしれない。その目を見ると攻撃する事は不可能だった。王宮から逃げられたのにも納得がいった。  そんな不思議な彼を目の当たりにした僕は手紙を送った。そこで事実を知ってしまった。 今の彼はとても残虐な行為をするような人間では無さそうだ。どちらが本当のユーマなんだ?僕らを騙しているのか?何度も手紙でやり取りし、状況を確認してこの決断に至った。間違いはないと闘士を燃やして剣を握った。  攻撃を受けたユーマはまるで獣のように見えた。こちらを睨みつけ、なんというか凄みがある。自然と手足が震えて、身体の言うことが聞かなくなっている。 「これが俺のスキルか……」  ユーマもスキルを自覚したみたいだ。一歩一歩踏みしめるような強く、遅い足取りでこちらへ向かってくる。  これが威圧感。圧倒され、声も出すことが出来ない。僕は力を振り絞って剣で大きな弧を描く。風の効果で斬ることは出来たが、浅すぎた。ユーマの拳がみぞおちに入る。剣は手から滑り落ち、倒れ込む。  懸命に呪文を構築しようとするが、発動する事は出来なかった。ユーマが僕の剣を手に取り、首元へ向ける。僕は覚悟して力を抜いた。   「……アンリとアリシアには悪いと伝えてくれ」  ユーマは剣を振り抜くことなく、背を向けて歩いていく。その姿はもう知っているモノでは無かった。黒くおぞましい雰囲気に包まれ、殺気と敵意が背中からでも伝わってくる。そして闇に包まれた怪物は僕らの前から姿を消した。      
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