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1.無料案内所とイケメン
店長から会議室に呼ばれたときに、嫌な予感はしていたんだ。
決算月の、月末。それは支店への転勤を言い渡される時期で、毎年ヒヤヒヤしていた。僕が勤務するこの会社には支店と営業所がある。営業所は田舎で人数が少なくアットホームな環境なのだが、支店となると大都市にあり、かなり人数は多くて多忙。たいてい三年に一回、営業所と支店の社員はシャッフルされる。
そして僕、岡部水樹は入社して五年目。実はまだ転勤したことがなかった。なかなかお呼びがかからないから、僕は営業所のままでいいってことなのかなと思っていたけど、例外ではなかったようだ。
「岡部くんは実家もここだったよねえ」
「はい、初めて県外に出ます…」
「じゃあ都会生活を楽しんだら良いよ。まだまだ若いんだから」
わはは、と店長は僕の背中をバンバンと叩きながら大笑いする。みんながみんな、都会が好きというわけではないのに…。僕は、小さくため息をついた。
それから三ヶ月経って。話には聞いていたけど、支店での仕事は営業所と比較にならないくらい忙しい。営業所を束ねるのが支店の役目だから、忙しいのは当然なんだけど…。
「岡部」
「は、はい」
上司から呼ばれて、慌てて席へ向かうとパソコンの画面から僕の顔に目線を移した。営業所の上司は丸々太っていて、おおらかだったけど、今の上司はかなり痩せていて、多少神経質だ。
「お前また残業が増えてるぞ。そろそろ調整してくれよ。うるさく言われるからな」
「…すみません」
頭を下げて、自分のデスクへと戻った。
多忙だというのに残業時間には厳しい。昨今の労働環境改善の賜物と賃金支払いの問題なのだろうけれど、僕のような仕事のスピードが遅い社員には結構つらい。残業手当を目当てにもしていたし、何よりこっちに来てからは会社とマンションの往復だけなので早く帰ったところでやることもない。
我ながら寂しい男だなあ、と思う。うまくやる同期たちは、あっという間に人脈を作り飲みに行ったりしているのだけど、僕はあいにくそういうのが得意ではない。
ちらと時計を見ると定時まで、あと一時間。言われたばかりで今日も残業したらさすがにまずいだろうな…。今日は金曜日だし、仕事が終わったら外食して帰ろう。
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